元日に起きた能登半島地震から今日でちょうど6ヶ月。

 

あれから1年の半分が過ぎ去りました。

 

 

 

輪島の朝市は市内の商業施設で開かれることになりました。

和倉温泉にある日本一の旅館「加賀屋」は2026年から営業再開を目指すそうです。

能登島にある、のとじま水族館も7月20日から営業再開だそう。

七尾市の大田火力発電所もようやく再稼働するようです。

 

 

 

確かに、「〇〇が始まった」「××ができるようになった」とは報道されますが、

公費解体は一向に進まないし、私の家の近所も未だに屋根にブルーシートがかけられています。

 

事実、夫の叔父の家が全半壊と判定されたそうで。

仮設住宅の申し込みをしていないから、「見なし仮設」に入るしかない。

(全壊や半壊の家の方が仮設住宅や見なし仮設に入れるそうです)

それも最長2年だから、それから先はどうすればいいのか不安です。

 

奥能登の一部地域では、未だ電気や水道といったライフラインが来ていません。

 

 

 

住民の地元離れが若い人を中心に進んでいます。

奥能登地域はかなり人口が減少したそうです。

県外に避難している人もかなりいるそう。

県外の避難者数については実態が把握できていないようです。

 

 

 

それと、健康面でも心配なことがあります。

自宅外で生活している人の5割が心身に何らかの不調を抱えているんだとか。

「持病が悪化する」のはもちろんのこと、「眠れない」とか「気分が塞ぐ」とかといった

精神症状も目立つそうです。

 

実際、私の場合ですが、仕事のストレスもあるのですが、

大きな車(ダンプカーなど)が通った時の振動で家が揺れると、

地震が来たと勘違いしてすごく不安な気持ちになります。

 

車を運転する時も、道路は大体直されているもの、

少し段差があると地震のことを思い出してしまいます。

よく行くスーパーも地震の影響で床が斜めに傾いていて、

「自分は大きな地震に遭ったんだ」と実感させられます。

このスーパーの床は直しようがないので、ずっとこのままだと思われます。

ということは、私はこの地に住み続ける限り、地震を忘れられないんだな。

 

確か、心的外傷後ストレス障害(PTSD)は原因となる出来事の数ヶ月後くらいから

症状が出てくるはず。

最初は頑張って気を張り詰めていて精神を保っていても、

時間が経つにつれ徐々に何かしらの精神症状が出てくる、

という人はいると思います。

 

私の場合は元々双極性障害で不安感も強いタイプだから

PTSDに該当するかは分かりません。

だけど、今日、地震に関するTV番組を少し見て、

地震そのものを思い出してつらい気分になってしまいました。

HSPでもあるから、こういうものはあまり観ない方がいいのかもしれません。

 

能登は全体的に医療機関が少なく、特に精神科や心療内科といった

メンタルヘルスを専門に扱う診療科は数えるほどしかありません。

元々人口が少ないから精神疾患を持っている人も少ないのかもしれませんが、

地震のストレスで精神に不調をきたしている人が増えてくるなら、

需要はかなり高まるはずです。

そういう人たちが「どこの医療機関に行けばいいの?」と迷うことなく

スムーズに医療に繋がることができることを望みます。

 

 

 

「もう半年」なのか

「まだ半年」なのか

 

今日の朝刊の一面では、復興を実感していない人が7割くらいいる、と出ていました。

確かに、先月に入院している義母の面会に行く時に地震の被害が大きかった地域を通りましたが、

やっぱりまだまだだなって感じでした。

仮設住宅もできていて入居されている感じでしたが、

入りたい人が全員入れるわけでもありません。

 

特に高齢者はスマホなどを上手く使えないので、

行政からLINEで送られてくる連絡を受け取ることができず、

仮設住宅の申し込み期限を知ることもできずにいます。

県外に避難している人も自治体の情報が手に入らず不安になっているかと思われます。

 

こういう人たちも含めてどう支援していくか、

ということが大事になってきます。

 

 

 

私の感じとしては、

 

やっぱり「まだ半年」だな・・・