この度私は、人生初の”災害支援ボランティア”に参加してきました!

行った先は宮城県・山元町。

この地域の沿岸沿いはたくさんの松林に覆われていたものの、
今回の津波で流され、
その先にある1800戸中、1500戸もの家屋を飲み込んでいきました。


そこで見た物。

流されてスカスカになった松の木々たち。

寝転がった電信柱。

横倒しになったハーレーバイク。

はるか先の田んぼの上に横たわる乗用車。


すべてが非日常的な光景でした。

中でも、様々な家屋や納屋にくっきり残った波(海水)の痕が印所的でした。

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自分の背丈(1.5m)と同じ高さに残る波の痕


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瓦礫の中で見つけたプーさんのぬいぐるみ


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へこんだ洗濯機(左)と倒れた浴槽(右)


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納屋に押し寄せる瓦礫


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田んぼの中で折れ曲がるベッド(左中央)


今回私は、知り合いの方の紹介で、とあるボランティアチームの一員として参加しました。

計21人からなる参加者の年齢は、
下は大学生から上は60才までと幅広く、
何か自分のできる事がしたい、
そういう意志を持った方が多かったように思います。


今回私たちが受け持った作業は、民家一角にある溝内清掃作業でした。

溝の蓋を開けてびっくり!

海から流れてきたヘドロや土が固まって、
溝としてはほとんどの機能を失っていました。

男3人・女2人(計5人)×4班に別れ、
溝からその土を掘り出し、ひたすら土のう袋に入れていく作業にあたりました。

内容は日帰りという事もあって、
10時~12時/(休憩挟んで)13時~15時

のトータル4時間作業となりました。

当日は、小雨のち晴れ。
今回、別のボランティアの方々と協力して、70人体制で作業にあたりました。

たかが2時間、されど2時間。
カッパ・マスクを着けて、汗だくの中、連携作業を繰り返しました。
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(午前中2時間で溜まった土のう袋)


現場に行った日が地震から3ヵ月後の、6・11という事もあり、
午後の作業では、その手を休め、
町全体が黙祷に入りました。

帰りはマイクロバスで海沿いの様子を見て回りながら、
ボランティアセンターに一旦戻り、そのまま東京へ向け出発。

宮城の町を後にしました。



―今回自分が見つめてきたもの。

ボランティアとは決して敷居の高いものではなく、
望めば誰でも参加できる、純粋な人助けだと思いました。

そして”百聞は一見にしかず”。

人がどこで何と言おうと、現地に行ってその土を踏み、
空気を吸わない限り、分からないことはたくさんあると思いました。

やっぱり大なり小なり、行動に移す事は本当に意味がある。


最後の最後、溝を開通することができた達成感は、
なんとも言えないものがありました。

そして何より、津波の被害に遭いながら、
所々に残ったお家に、今も住み続けている人たちがいると言う事。

いろんな思いを胸に、今の生活を続けています。

まだまだ人海戦術では行き届かない所もたくさんあると思いますが、
本当に一日も早い復興を願っています。

生きてさえいれば、何かができる。

これからも何かアクションを起こしていこう!

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(ボランティアセンターの近くには、自衛隊さんの姿もありました)