https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180727-00000114-asahi-pol
この記事を見て、思ったこと。
なんだろなー。
確かに、生産性のないものはいらないっていうのは、違うなーとは思う。
例えば、同性愛者じゃなくて、20代や30代で、一般的に子どもを生める適齢期の若い男女であっても、本当に子どもが欲しいと思っててもできないことだってあるし、それも生産性がないというのかって話で。
逆に望まない妊娠をして1人でひっそり産んで、虐待して子どもを殺す人もいることを考えたら、それはもともと生産性あるものが、生産性なくしてるとも言えるし。
むしろ、子どもができないとわかっているからこそ、施設に預けられている子どもを引き取って育てて、結果、育てる方も育てられる方も幸せになったっていうことだって沢山あると思うし。
生産性、確かに国家レベルで考えたら、生産性ってことも考えちゃうよなーと思う。一般的国民レベルではあんまりそんなこと考えないもんね。みんな自分のことで精一杯。
だからこそ、そんな自分を否定されたら怒るよね。
うん、どっちも正しいし、どっちも間違ってない。
たださ、最近思うのが、社会のためとか、大きなこと考える前に、自分が幸せなら、結果的に社会全体が幸せになると思うの。
みんな、自分の幸せだけ考えてればいい。
とかいうと、自分の幸せのために、誰かの幸せを奪う構図が目に浮かんでくるけど。
今回はその話は置いておいて、この同性愛者と生産性の問題だけで言えば、たぶん、同性愛者の方々が自分でそう思ってしまってるのがもったいないなって。
人が怒るのは、それが図星であったり、自分で自分に思っているのに認めていないことを他人から言われた時。
自分で自分が生産性ないって思ってしまってるってこと。
私は、その人が幸せなら、生産性なくても同性愛者でいいと思う。「でいい」っていうか、そうすることしかできないんだよね。「恋はするものではなく落ちるもの」、じゃないけど、自分の意思でどうにかできる世界ではなく、ただただ、そうなってしまうだけだから。
だから、同性愛者の人には、自信を持って、私は子どもを産むという観点からの生産性はありませんが、幸せですって言って欲しい。
子どもを産むとか、生産性という部分だけにとらわれないで欲しい。
生産性ないですけど、何か?って言えるくらい、強くなって欲しい。
そもそも、生産性って言葉は経済学用語みたいだしね。Wikipedia↓
経済的に見れば、幸せな人が増えた方がよっぽど生産性あがると思うんですよね。
好きな人がいるだけで仕事のモチベーション上がったり、生きる力が湧き上がってくるし。
たぶん、この発言をした方も、そんなに否定するつもりで言ったんじゃないと思う。
それぞれの立場での発言ってあると思うから。
政治家だって、時に失言することだってあるでしょう。人間だもの。完璧な人なんていない。
それを過剰に叩くのは、してはいけないなと思う。
1人対大勢で言われたら、どんなにメンタル頑丈な人だって耐えられなくなっちゃうし、それでは良い政治できなくなっちゃうよ。
影響力のある人が、公に何も発言できなくなって、どんどん閉鎖的になっていっちゃう。そっちの方が怖いと私は思う。
もちろん反対意見があるのは自然なことだし、健全だと思うけど、大勢で寄ってたかって攻撃するのは良くない。
もし、本当に幸せな人だったら、変な発言してる人がいても、何か言ってる人がいるなって、わかってないなーって、軽ーくスルーして終わりだと思うんです。
もしくは、あなたはそう思うのね、でも私はこう思う、で、お互いに正しいということで終わる。
自分のことを尊重できていれば、相手のことも尊重できるから。
だからまず、自分を幸せにしてあげることが、1番大事なんじゃないかなぁと思うのです。
幸せな人は、誰かを攻撃しないし、誰かに攻撃されてもかわすことができる。
まずは、幸せになろう。誰がなんと言おうとも。