私は昔から悪口が嫌いだ。
いや、私だって言うこともある。
でも、それを誰かと分かち合いたいとかは思わない。
いや、分かち合いたいとか聞いてほしいこともある。
ただ、同じコミュニティの人のことを同じコミュニティの人と言い合うのが好きではないのだ。
全く関係ないところで、こんな人がいてこんな風に嫌だっていうことはある。
そんな偽善者ぶったり、ホワイトでいようとすると余計にそういう人が目の前に出てくるとか聞いたこともあるけど、自分も悪口言えばいいとか、慣れればいいとかBGMだと思って聞き流せばいいとか、色んな対処法があるみたいだけど、私はダメだ。身体中から嫌だってサインが出る。
悪口大会が始まるとその場から離れたくなる。
いくつになっても慣れることはない。
そこで思ったのが、これって、アレルギーの一種なんじゃないかって。
そばアレルギーとか卵アレルギーの人に、そばや卵食べられるようになったら楽になるよとか、人生楽しくなるよとか言ったって、そんなもん当事者としてみればアレルギーなくなったら人生パラダイスになるのはわかってるけど、実際問題慣れようと思って食べたら死ぬじゃん?!?!っていう。
なんでなんだろう。昔からそうだったな本当に。
って考えたところで、なんで昔からアレルギーなんだろって考えても答えは出ないのと同じなんだよね。
そういう体質に生まれたから、でしかない。
じゃあアレルギーの人はどうするかって言ったら、食べないようにするしかないんだよね。
なんでこんな話になったかっていうと、職場のパートのおばさんの悪口大会がすごくすごーく体に悪影響だから。
なんでそんなに、他人の粗探しばっかしてんの?!って本当に不思議になるくらいに1日中ずーーっと他人の悪口言ってる。
ヒソヒソコソコソ。時に大声で。
多分幸せじゃないんだろうなって思うし、暇だから他人のことを気にしてられるんだろうけど。
だから私はパートのおばさんとは一切喋らない。
でも、「普通」は仕事仲間とコミュニケーションのためにお喋りするものだし、喋らないなんてたぶん私の方が異常だと思われてるんだろう。
これ見よがしに「私やだぁ、こういうギスギスした職場!」とか聞こえてきたりもするけど、心の中では「ギスギスした職場にしてるのはお前だろ…!」と思っている。
そして会話の内容を聞いていると、誰かのことを悪く言ってる内容が、そのままそのおばさんたちに当てはまるので、なんでこいつは自分のことを棚に上げてそんな風に他人を悪く言えるんだよ!と言いたくなる。でも、本当に言っちゃったら火に油を注ぐことになるので言えなくて、それがものすごーーくストレス。
どんなおバカ発言であっても、その人にはその人の言論の自由はあるわけだし、それを止める権利は私にはない。
でもだったら、私の悪口だらけの性悪おばさんと喋りたくないという黙秘の自由も許されていいと思うんだ。
だって、アレルギーを避けるためには食べない(喋らない)しかないのだから。
でもなぜか、世間では「コミュニケーション」という名の無意味な会話を礼賛する傾向にある。
そんなコミュニケーション、必要ないと思うんだけど。人の悪口や噂話しか話すことがないのなら、喋らない方がマシ。
ところがどっこい、喋らないと「コミュ症」認定されるのがこの世の中。
別にいいけどさ。コミュ症でも。
ただ、私の世界から悪口おばさんはいなくなってほしい。
アレルギー反応出て仕事に支障が出る。
そうは言っても、お昼休みに外に出て周りの会話に耳を傾けてみると、どこの会社も似たり寄ったりで、みんな悪口言ってるんだよなぁ。
って考えると、アレルギーの私は少数派で、なるべく摂取しないように気をつけるしかないんだろうなぁ。
人間関係で転職しても、必ず性悪おばさんやおじさんはいるんだよなぁ。
食べ物のアレルギーはないけれど、きっとかなり大変なんだろうなぁって、今回このこと考えてて思った。
でも、アレルギーだって考えるようになったら、必要以上に世間に順応できない自分を責めなくなった。
体質だもんしょうがない。
というわけで、悪口が苦手な人は、アレルギーと思うと良いと思います。