GWは、実家に帰っていた。
母親が体調悪く動けないため、お手伝いに帰ったのだ。
思えば、今まで自分優先で、長期休みに実家に帰ったことなど一度もなかった。
実家に帰って、家の掃除、庭の掃除、洗濯物、料理、買い物、等々をやった。
一人暮らしの家ではやらざるを得ないけど、実家ではほとんどやったことなかったなぁと思う。
単発で、洗濯物だけ、とか、風呂掃除だけ、とか、トイレ掃除だけ、とかを、頼まれてたまーにやったことはあっても、家事をフルでやったことはなくて、あっという間に1日が過ぎていった。
これを母親は何十年も、1人でやってきたんだな。
私は小さい頃から母親みたいにはなりたくないと思っていた。
いつも愚痴ばかり言って、父親には誰のおかげで生活できてるんだなんて言われ、少しも幸せそうに見えなかった。
女も男と同じくらい稼げば、そんなこと言われなくて済むし、家事だって女がやらなければならないなんてことはないだろうと考え、必死に勉強して、良い大学に行った。
その間、勉強していることを理由に、家事は手伝わなかった。
だから、実家に住んでる時も、独立してからも、実家の家事はずっとやって来なかった。
いつも疲れてる母親を見て、こんな風にはなりたくないという思いが強まるだけであった。
でも、今回の帰省でわかってしまった。
母親がいつも疲れていて、愚痴を言っていて、幸せそうでなかったのは、私が家事を手伝わなかったからじゃないかって。
もちろん、私だけでなく、兄も、父も。
みんなでやれば、あっという間に終わるし、同じ仕事を通して連帯感が生まれたり、楽しい気持ちになれたりしたのに。
誰のおかげで生活できてるんだなんて、言う父親が間違ってたんだと思うし。あなただって誰のおかげで家事もやらずに外の仕事を頑張れるのよっていう。
今は父親も定年退職して、家にいる時間が長くなって家事もやるようになったので、きっと父は父で、私と同じように反省の気持ちを持つようになったと思う。
30年間かかってようやく気づくなんて、遅過ぎだろって、自分にツッコミを入れたい。
良い大学に行くことなんて、何にも偉くなかった。
そんなことより大事なのは、家族を敬い、大切にすることだった。
KinKi Kidsの「to heart」の歌詞に、
「せつなさのすべてをかけて
僕は信じる Heartは届くと」
というのがあるけれど、本当に、時間はかかっても必ずHeartは届くなって思う。
母の愛は偉大。
だって、愛がなければとっくに投げ出してどっか行ってると思う。
みんなで庭掃除して、休憩に庭でお茶飲んで、お話してっていう時間がなんと穏やかで幸せであったことか。
帰り際に、母親がお駄賃として1万円をくれた。
私としては、これまでの人生の何百分の1も何千分の1も返せていないのに。
母親は、すごく嬉しかったって。帰ってきてくれたその気持ちが嬉しいって。1万円くらいじゃ申し訳ないくらいだって。
私はお駄賃目当てで帰ってきたわけじゃないけど。今回はしぶしぶじゃなくて、自分で助けたい、力になりたいと心から思って帰ってきたけど。
この臨時収入は、ご先祖様が、家族を大切にしなさいって、応援してくれてるっていうことなのかな。
そして、自分がやりたいと思うことのぴったりの額なのかというと、本当にぴったりで、母親の誕生日が5月で、誕生日プレゼントをあげようと思っていたけど、今実家にある掃除機が重いだけで小回りもきかず、ちゃんとゴミを吸わないから、新しいコードレスの掃除機が欲しいということになり。
自分だけだと予算オーバーだから、兄と父にも出資をお願いして、ちょうど1人あたり8,000円。
残りの2,000円は交通費になったので、本当にぴったり!!
残りの人生、たくさん親孝行がしたい、そう思った今年のGWでした。