今日は池袋の、とある肉丼チェーン店に初訪問した。
券売機で食券を買おうと、目当ての商品780円のために800円を投入。
すると120円のお釣りがくる。
あれ?と思うも、券売機の故障かと思い、ラッキー✨としか思わず、そのまま食券を渡し、席に着く。
十数分後、到着した商品は私がオーダーしたものと違っていた。
私が頼んだのはトッピングのついたものだったはずだが、到着したのはスタンダードなものだった。
店員さんに、これってトッピング乗ってるんですか?と問うと、食券を見せられ、あなたはこれを注文しましたと言われた。
ここで私は、いや、注文したものと違う、ちゃんと値段を払ったと言い張った。
すると店員さんはすぐさま丼をキッチンに持って行き、トッピングを乗せるようキッチンに言ってくれた。
キッチンでは、オーダー受けた時トッピング付きで受けたのー?と聞かれもめていたが、なんやかんやでトッピングをしてもらって、持って来てくれた。
私はなんだか悪い気になって、大丈夫ですか?間違ってませんでしたか?と聞くと、アジア系の若い女性店員が「大丈夫です」と、やや不機嫌そうながら追加料金は請求しなかった。
しかし、この時私は気付いてしまった。自分が券売機で押し間違えたのだと。
トッピング付きで押したつもりになって、お釣りが多く帰って来たのは券売機が壊れているせいだって、勘違いしていたのだ。
気付いてしまってから食べるご飯は、全然美味しくなかった。
いや、美味しく感じられなかった。なんというひどいことをしてしまったのだと。
ここで、自分自身の過ちを反省したのはもちろんだが、こちらが間違っているにもかかわらず、向こうが正当な主張をしないように店員さんが教育されている日本の社会にも憂いを感じた。
映画「君の名は」で、瀧のバイト先でピザにつまようじが入っていたと絶対にあり得ないいちゃもんをつけてタダメシを食べたチンピラと、悪意がなかったとはいえやってることは同じじゃないかと思った。
そして、そういう客に対しては無抵抗でお代は結構ですと言いなさいと、マニュアル化されているこの日本社会も、これでいいのか?と思った。
確かに店員さんや他の客の安全は守るべきだが、間違っていることは間違っていると、はっきり主張できない世の中でいいのだろうか。
同じようなことが仕事でも良く起こるなぁ。
自分は悪くないって思っても、自分にも原因があることは良くある。
まずは、自分自身が悪いという可能性を第一に考えられるようになろうと、この一件とその他のことも含め、大反省したのだった。
あのアジア系の若い女性店員さんには悪いことをしたな。
日本の印象が悪くなりませんように。
そして、善良なる日本人の皆さんも本当にごめんなさい。
帰り際に、押し間違えたからと100円を払おうとしたら、それも断られたので、半ば押し付けるようにして渡して帰ってきた。
あんなに落ち込んだのは久々だった。
人間性を磨かなければ…