甘えること、頼りにすること。
数年前の出来事なのだけれど、今日親友と話していたことが例えるとこの話と同じようなので、書いてみる。いまだに自分で明確な理解、が出来ていない話。
坂道をヒール靴で下っていて、あまりの足場の悪さに男友達が肩を貸してくれたことがあるのだけれど、わたしは必要以上に体重をかけたらいけないと思い、軽く肩に手を添えさせてもらっていて、そして怒られた。肩を貸している意味が無いじゃないかということ、らしい。
や、でもね、万一転びそうになったら、捕まらせてください、って肩を借りているのであって、杖代わりにずっと体重をかけていたらだめだと思っているのだけれど、わたし。わたしにとっては万一のために安心の保証をもらっているので、十分に肩を借りている意味があるし、何も支えや手をかける部分がなくて坂道でふらふら下ってゆくより、ずっと心強いところが、「肩を借りる」意味だと考えていたのだけれど……。どうも、その思考がおかしいみたいですよ?
それでは相手があなたに信用されていないと思ってしまうよ、と言われるのだけれど、わたしには肩を借りるという行為が信頼の証なので、いまいちピンとこないんだよな。たまには甘えなよ、とも言われるのだけれど、わたしには肩を借りる時点で十分に甘えさせてもらってるんだけどなあ……。だって甘えないで一人で解決する、っていうのなら、さっさとそんなヒール靴脱いじゃって、裸足で降りればいいもの。坂道を想定していなかったとはいえ、自分で外に出る格好として選んだわけだから、他人に一切甘えないで自力でなんとかする、というのならそれが正解だと思っているのだけれど、えっと極端すぎるますか……。
自分のことは、気を抜くと他人に甘えすぎる人間だと思っているから、なるべく自分を甘やかさないようにしたいのだけれど、微調整がうまくできない。0か100かのALL or Nothingのタイプみたいで、極論から極論に走るんだよなあ。今年の目標は『中庸』にしようかしら。
甘えることと甘えすぎること、頼りにすることと依存してしまうこと、境目って難しい。