逃した魚① | 秋色コスモの 機械式時計と趣味のブログ

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90年代半ばのこと。質屋の棚ざらい大市なるものが、各都市回ってくることがあった。今は少なくなったと思う。あっても「骨董」大市と銘打って骨董という大ざっぱな枠でやるものが多いようだ。

昔は、骨董というより、むしろ質流れの貴金属系中心で、時計だけでもかなりたくさんの店がブースを構えていた。銀座プランタンで毎年開催されるものに近く、会場の面積もはるかに大きかった(少なくとも私の地元では)。
 
時計に興味を持ち、特にロレックス系に走り始めた頃だった。かと言って、スポロレに興味はあまりなく、DJでくすぶっていたので、むしろ今よりは他のメーカーに対してストライクゾーンは広かったかもしれない。
 
ロレックスと三大雲上(パテック・バセロン・AP)、カルティエ、ブランパン、あたりがケースの中でひしめいていた。ロレックスはDJ系と無垢素材のデイデイトが多かった。カルティエは、伝統のラインから派生したり、はずれたモデルが乱発されている今のような時代ではなかったので、俗に言うクラシカルな、よい意味でカルティエらしいデザインの時計が並んでいた。
 
私は当時懐中時計にも興味があった。多分、パテックフィリップの受注生産のスケルトンポケットウォッチを雑誌で見て、その美しさに惹かれていたからだと思う。安物だが、透けの度合いはけっこういいレベルの懐中時計も買った。

プライス的には現行品よりはるかにバリュー感がある複雑系ミニッツリピーターなどは、懐中時計でこそ購入の可能性があり、よい巡り会いがあれば……と虎視眈々と狙っていた。と言っても若かったから、すぐに自由になる金がそんなにあったわけでもないが。
 
表参道ハナエ・モリビル地下の尚文館にはよく出向いた。パテック96のラグだけはずして巨大化させたようなポケットウォッチが、18Kなら40~50万、プラチナなら90万あたりのタグを付けていた。さすがにミニッツリピーターとなると、300は下らなかったが。
 
いずれにせよ、地方に来た質流れ品の大市は、目の保養と暇つぶしをかねてよく行き、めぼしいものを物色していた。
 
ある日、目に留まったのが、超薄型ポケットウォッチ。ギョウシェ彫りのアイヴォリーダイアルに、綺麗に焼き入れされたブルースティールのブレゲ針。ダイアルと2つの針の間隔は、紙一枚さえ入る隙もなく思われた。そんな狭い空間にブルースティール針とギョーシェの波形模様がそれぞれの造形を静かに主張しつつも、クリスタルの向こうに渾然一体となって、絶妙のバランスで存在していた。

ダイアルの径の2/7ぐらいの広さを持ったベゼルの部分の処理もシンプルにして優雅。ベゼルといっても、ポリッシュ仕上げのつるつるで、エッジに近い所からカーブを描いてすぼまっていく。コトバではうまく説明できないけれど、iPhoneのエッジの曲面仕上げをもっと尖らせた感じ(下の写真からイメージしてください)。

お決まりのブルーサファイア竜頭、そのガード
兼チェーン用リングになっているトライアングル、ダイアルとベゼル部分の面積比など、全体のバランスも文句なし。最近同社がリリースする、「中身ばかり複雑系で中途半端なスケルトン仕様の受注生産」ポケットウォッチより、シンプルながらこちらの方が、はるかにバランス感がよい。

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’93モデル(世界の腕時計No.15より)。スケルトン仕様Pt.でなく、YG+アイヴォリーダイアルなら、正にこの年代このタイプだったのだが!


これに純正のチェーンが付いていた。普通のオーバルのチェーンピースの組み合わせではなく、オーバルとレクタンギュラーみたいな組み合わせで(記憶は曖昧)、緑と赤の石(エメラルドとルビー)があしらわれていた。状態は極めてよく、小傷があるどころか、新品に近かった。ケースや保証書などの付属品はなく、本体とチェーンのみ。これで70万円也。
 
当時の私は、一発即決でこれを購入するだけの、時計に対する見識や経験もなかった。

が、インパクトはただならないもので、
「なんて薄いんだ。これでホントに機械が入ってるの?それより何より全てが何て綺麗なんだ。」と、まぁ、一目ぼれ状態だった。
 
こういう出会いは一期一会。そのタイミングがうまく合わないと、後で「欲しい」と思っても、取り返しはつかないし、二度と会えないもの。

果たして、私も棚ざらい大市が終了してから、どうしても気持ちが抑えきれなくなり、会場を提供した業者から、主催者側を経て、京都の質屋さんを突き止め、そのカルティエのポケットウォッチについてやっと尋ねることができた。
 
が、時既に遅し。
「あ~、あれ次のところ(移動先、つまりお隣の地方都市)で売れましたねぇ‥‥あれはねぇー、なかなか入ってこないですよ。」
 
以来、あのポケットウォッチの残像が私を誘う。幻のあの時計を私は様々な場所で追い求めることになった。国内外を問わず。しかし、「同じものを同じ状態、同じ価格」で出会うことは皆無だった。「同じ」という条件をはずしても、まずなかった。20年以上も‥‥だ!こういう時計は珍しい。
 
「世界の腕時計」という雑誌が、定期的にその年のカルティエ新製品ラインナップを掲載していた。この雑誌はよく購入した。その中にポケットウォッチが登場したこともあった。

ダイアルの意匠が違うプラチナのポケットウォッチの情報を得て、本意ではないが銀座のブティックに電話し、見せてもらったことも。わざわざこのためだけに出向いた。  

対応してくれたのは、店長クラスの中年の男性スタッフで、いかにもこういうメゾン系の品のある人だった。曰く「ポケットウォッチはカタログには載るんですが、ほとんど一点ものに近いです。入ってくる数は年に一つか二つです。」その品は、約300万のプライスタグ。ただ、需要はやはり少ないようで、仕入れてから少々時間も経っていた様子。購入検討であれば、価格は265万あたりまで下げ、しかも、引渡し前に再度機械の調整をしてくれるとのオファーもあった。
 
好みにもよるが、やはりカルティエといえば、イエローゴールドにアイヴォリーダイアル、そしてブルースティール針。しかも、あの「逃した魚」には更に、純正チェーンが付いていて70万(上記スタッフの参考意見では「まともに新品で買ったら定価で約350万だった可能性あり。石入りチェーンはカルティエのいわば宝飾製品、単体でもかなり高価」とのこと)。

見せてもらったブツは、いかにプラチナとは言えチェーンもないのにディスカウントして265万。購入意欲は全く起きず。もっとも当時はこういう価格帯の時計は買わなかったし、そこまで踏み切れなかっただろうけど。
 
ロンドンのグレーズアンティークや、ポートベローはもちろん、ウォッチオブスィッツァーランドなどの各店やら、地方のアンティークも回ったが、なし。ことあるごとにネットで探してもなし。こんなのも珍しい。今回も写真載せたくてネットで探したが、結局なし。

やむを得ず、今回掲載写真は全て雑誌(「世界の腕時計」)からお借りいたしました。

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古いタイプで、意匠はなんとなく似ているが、やはり違う。

 

 
一生追い求めても見つかるかどうか‥‥。

実は、以前カルティエを扱った記事( → 時計にまつわる二つのシーン )のルイカルティエ・ラウンドは、この「逃した魚」の面影を追い、重ね合わせて見ていた、というのが購入に至ったもう一つの大きな動機。

正直、今のカルティエの時計には、もう私のニーズを満たすものはなく、カルティエ自体も今後私のニーズに合うものを作る気配はない。

「卒業」を決め、手持ちのカルティエはある時期全て手放した。

「今後カルティエの時計は、現行も中古ももう一切買う気はないし、実際買うこともない」
と断言できる。

が、
唯一、
あのポケットウォッチに巡り会えたら例外。
人生最後のカルティエを
涙を流して(?)
即決購入だろう。