東北沿岸部を北上する旅を続けていると、次々と現れる海辺の町の、破壊された痕跡だけが目に飛び込んでくる。
 
 
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宮城県の仙台から岩手県の田野畑まで、250kmぐらい。通過したほぼ全ての海辺の町が消えてなくなっていた。
 
こんなことがありえるのだろうかと、何度も自分の目を疑ってしまった。あの日、東北から北関東にかけて、いっきに押し寄せてきた津波は、どれだけの大きさだったのだろう。
 
こうして瓦礫の町ばかりを通過していると、いつしか、海辺には町なんかなくて、瓦礫の散らばった荒野原があるのが普通の光景のように思えてくるほどだった。
 
すっかり人の気配も消えて、殺伐とした傷跡だけがなまなましくあの日の記憶をとどめている町は、どんよりと重たい澱のような空気の底に沈み込んでいるようだった。
 
そんな町で、瓦礫撤去などに従事して働く人たちに混じって、再スタートを切ったお店などが時折目に付いた。
 
 
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一番多かったのがコンビニ。瓦礫の中にプレハブの店舗で、被災地エリア以外の場所と同じ品揃え、同じサービスを提要していて、ほんとうに便利。
 
たくさんの人が訪れて、ほっとした顔をして、飲み物や食べ物を買ったり、お金を下ろしたり、荷物を送ったり。全国どこでも同じサーービスが受けられるというのが、こんなにありがたいことだったのかとしみじみ。
 
そして、同じくバラックでスタートしたガソリンスタンド。工事車両などが大量に入ってきているので、こちらも大盛況。以前のように、自分でガソリンを持って行かなければ、車も動かせないなんてことはなくなっていた。
 
さらに目に付いたのは食べ物屋さん。ラーメン屋、食堂、レストラン、お弁当・・・。こちらもかなりいろんなお店が再開してお客を受け入れていた。その地の名物が並んだりして、「こんな贅沢していいのかしら・・・」とちょっと戸惑うほど。
 
他にも産直の野菜や果物のお店、プレハブの種屋さん、プレハブの印刷屋さんなどなど。元気が戻ってきた人たちから、店や事業を再開し始めている様子。
 
ちょうど釜石を訪れたときは、復興に絡めて地域の伝統芸能を紹介するような祭りも行われていて、被災者のみなさんが、そういうことを楽しむような気持ちの余裕が出てきた様子に、少し安心したり。
 
町としての復興はほど遠いけど、個人レベルでは、気持ちを切り替えてちゃんと自分の足でたって歩こうという人たちが出てき始めている。
 
こういう様子をみると、なんだかほっとする。
 
ほんのわずかだけど、元気のある人たちが新しい生活を創るために、一歩踏み出し始めている。町が少しずつ再生し始めている兆しが感じられて、ちょっぴり救われた気持ちになった。