朝起きたら、ちょうどホテルの対岸の山の上から朝日が昇るところだった。
 
港には何隻のも漁船が出発の準備をしている。よくある漁港の朝の景色。でも、目をホテルの真下に転じると、津波にやられた、更地の町が広がっている。
 
気仙沼は地震・津波でやられ、その上火災まで発生し、焼き尽くされた海辺の町。約1000人ほどの人が尊い命を失った場所でもある。
 
被害にあったエリアを歩いてみると、壊滅的とはこういうことを言うんだと実感するような景色が広がっていた。
 
地盤は沈下し、潮が満ちると冠水する場所がそこかしこにあり、崩れて燃え尽きて更地になったエリア、海から運ばれてきた巨大な船が陸地に上がっている場所・・・。
 
 
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あり得ない景色が周りに広がっていて、こういう風景の中に身を置いていると、いつしかショックを感じることすら忘れてしまうような、そんな不思議な感覚に陥ってしまう。
 
この気仙沼ではボランティアをやろうと思って、ボランティアセンターに申し込んでからやってきた。気仙沼の社会福祉協議会のボランティアセンターは、海から結構離れた山間の静かな場所にあって、そこに朝8時半までに集合し、リクエストのあった作業をできる範囲で手伝うという仕組み。
 
ぎっくり腰になってから来たので、軽作業以外は無理。電話で軽作業があるかと聞いたら、流出物の洗浄などの軽作業があるとのこと。それならできそうだと、参加することに。
 
この日は約30人ほどの人が集まり、センターのスタッフから「ガレキ除去で、**に行ける人」などと仕事の説明を聞きながら参加者ができそうな所に応募するというやり方。
 
男性がガレキ除去や田んぼの泥だしなどの肉体労働の振り分けられ、女子は軽作業が主。私は泥まみれになった写真の洗浄作業をやることになり、その作業が行われている唐桑半島の体育館に派遣された。
 
ここではすでに10人ほどのボランティアの人たちが、もくもくと運び込まれてきた泥だらけの写真をきれいにする作業に没頭していた。
 
体育館のほとんどは、きれいになった写真や、位牌、そのほかトロフィーや生活用具、ランドセル、大漁旗などが展示してあり、被災された人たちがぽつぽつと見に来て、自分のものが見つかると持ち帰っていた。
 
写真洗浄の中でも、私が任されたのは、洗い終わった写真を乾燥機にかけて乾かす作業と、乾いた写真をスキャンしてデータ化する作業、さらにすべての作業が終わった写真をミニアルバムに入れていく作業。
 
 
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体力は使わないけど、大切なオリジナルの写真を傷つけてはいけないと、けっこう気を使って作業をした。
 
ここには100万枚以上の写真が集められ、その大半が洗浄され手にとって見られるようにきれいな状態にされていた。実際その作業の一端をやってみて、いかにこういう作業が大変か実感し、目の前に膨大に積まれた洗浄済みの写真を見るにつれ、この作業にかかわった人たちの努力に頭が下がる思いがした。
 
作業は午後3時半ぐらいで終わり、ボランティアセンターに戻って解散。やれやれ、なんとか1日の仕事をこなした。
 
一緒に活動したメンバーの中には、何週間も近くの公園にテント泊しながらボランティアに通ってくる若者などもいて、ほんと心強い思いがした。
 
気仙沼滞在は明日の朝まで。明日は岩手に向かって旅立つ予定。まだもう少し、被災地の旅は続く。