
娘たちのクラスは「戦争」と「差別」がテーマ(かな)。題材は第2次大戦中、大分県で実際にあった「むっちゃん」のはなし。
肺病を患った6年生の「むっちゃん」が戦争で両親を亡くし、親戚の家に引き取られたものの、肺病を嫌った親戚の家を出されて、防空壕で寝起きしていたところからはなしは始まった。
「ママ、戦争中の服ある?」と聞かれ、目が点になったのが数日前。結局それらしい衣装はなかったけれど、防災ずきんをかぶり、地味な色目の服を着た子どもたちは、なんとなく戦時中の子どものように見える。
子どもたちがぞろぞろと舞台に出てくる。いつもひとりぼっちの「むっちゃん」の防空壕には、空襲警報が鳴るたびに人がやってくる。その時のむっちゃんのうれしさ。のどが渇いた子どもに水を差し出す「むっちゃん」、病気だからと拒絶する大人たち。肺病の子どものいる防空壕には次第に人が行かなくなってくる。
子どもたちが練習を重ねて発する言葉が、そして演じる「むっちゃん」の風景が、直球で伝わってくる。
やがて、戦争が終わって、日本にも新しい朝が来た。でも、「むっちゃん」が見つかったのは、その5日後。戦争が終わったことも知らず、新しい朝がくることも知らず、餓死して防空壕の中で死んでいたのだ。
あんなに日頃脳天気な子どもたちの、どこに、こうも伝える力が宿っていたんだろう。新しい朝を迎えることのできなかった一人の少女の短い人生が、薄暗い体育館の中で、胸にじんじん迫ってきた。いつの間にかこんな表現もできるようになっていたんだナーと、しんみり。
娘達が、学校でどんなことを学んでいるのか、またどんな力を秘めているのか、ちょっとかいま見た晩秋の日だった。