読売新聞グループ本社は、いわき支局の若手記者が松本幸英楢葉町長の談話を捏造したとして、3月15日付の34面に謝罪文を掲載した。
《[おわび]7日夕刊と8日朝刊一部地域で掲載された「帰還しない職員、昇格・昇給なし 楢葉町長」の記事は、福島県・いわき支局の男性記者(25)が、確認せずに他紙の記事の内容を後追いし、町長の談話を捏造していたことがわかりました。本社は重大な記者倫理違反と認識しており、関係者、読者のみなさまにおわび致します。談話部分を削除し、記者の懲戒処分などを行います(以下略)》
この若手記者は、松本に取材していないのに、取材したかのような原稿を書いて上司(デスク)に提出。上司は捏造を見抜けず、そのまま紙面に載せてしまったというのである。

ライバル関係にある朝日新聞では2005年8月、長野総局の西山卓記者(28)が似たような不祥事を起こした。新党結成に関連して「田中康夫長野県知事と亀井静香元自民党政調会長が長野県内で会談した」などの情報を上司3人に電子メールで送信。朝日はこの情報などをもとに8月21日付朝刊に「『第2新党』が浮上」、翌22日付朝刊に「追跡 政界流動」という記事を掲載した。
これに対して、田中は「亀井さんと会ったのは都内であり、長野県ではお目にかかっていない」「この件について朝日新聞記者の確認取材は受けていない」と発言し、記事の内容に異議を唱えた。社内調査をした朝日は、西山が田中に取材しておらず、メモの情報も虚偽だったと判断。西山もこれを認めたため、朝日は臨時取締役会を開き、西山を懲戒解雇、木村伊量(ただかず)東京本社編集局長を更迭するなどの処分を決めた。

サッカー雑誌の世界ではエアインタビュー(架空取材)が常態化しているという。 告発したのは、ノンフィクション作家の田崎健太だ。田崎は『フットボール批評10』(カンゼン)で、『欧州サッカー批評11』(双葉社)に掲載されたFCバルセロナ監督ルイス・エンリケの一問一答インタビューは架空である疑いが強いと指摘した。この告発は大きな反響を巻き起こし、一般のメディアでも取り上げられた。田崎は、これ以降も複数のサッカー雑誌のエアインタビュー疑惑を追及している。

読売いわき支局の若手記者が書いた記事は、8日付朝刊の35面の隅に掲載された。よほどの新聞好きでなければ、見落としてしまうような大きさだった。読売のウェブ版と7日付夕刊にも掲載されたが、捏造の影響は少なかった。他紙の後追いなので、記事の内容も大筋では間違っていなかった。ただ、読者を騙したのは確かなので、紙面で謝罪したのだ。若手記者は「締め切りが迫る中、取材しないまま安易に書いてしまった」と話しているという。

今回の問題のきっかけをつくったのは、河北新報6日付朝刊3面に載った「[避難解除]帰還求める楢葉町 困惑する職員」という記事だ。
《楢葉町は2015年9月に避難指示が解除された。今年4月には小中学校が町内で再開し、帰町者が増えるとみられるが、今月3日現在では818人、帰還率11.1%にとどまる。
 町によると、本庁舎の職員約100人のうち町に住むのは35人ほど。子どもの学校や親の介護・通院といった家庭の事情、自宅の修繕遅れなどで、福島県いわき市に避難を続ける職員が多い。
 松本幸英町長は今年の年頭訓示で「職員は町民の先達として早期に避難生活から脱却し、町内での自立した生活を示す立場にある。私も先頭に立ち、時には心を鬼にしながら進める」と述べるなど、職員の帰町に強いこだわりをみせる》
この記事が掲載された6日、楢葉町議会の一般質問で松本清恵議員が次のような質問をした。
「町長は『町に帰還しない職員は昇格・昇給させないようにしたい』と言っているそうだが、事実か。町民から問い合わせがあった。職員も避難者であり、帰還するしないを昇格・昇給に結びつけるのは行き過ぎではないか」
松本は「オフィシャルな席で、ある意味、職員に伝わるように話をした。町民の安全・安心を守る態勢を整える必要がある」と答弁し、その事実を認めた。

松本発言の背景を説明しよう。
楢葉町の避難指示が解除されて1年半ほどたったが、町民の帰還はさほど進んでいない。町は住宅や商業施設を整備し、町民が安心して帰還できる環境づくりを進めている。とはいえ、仕事がなければ、帰還したくてもできない。地域経済の柱だった東京電力福島第二原発は、津波を被って稼働できない状態が続いている。小売業やサービス業を営んでいる人たちは、一定以上の定住人口がないと、商売が成り立たない。

その点、町職員は定住人口に左右されない職業なので、帰還しやすい立場にある。本来であれば町職員が率先して帰還すべきだが、現状は3分の1しか帰還していない。あとの3分の2は、町外から通勤している。
昨年11月22日午前5時59分に福島県沖を震源とする地震があり、浜通りは震度5弱を観測した。町長の松本が庁舎に駆けつけると、職員は誰もいなかった。当時は町内に住んでいる職員が、そもそも13人しかいなかった。現在は35人まで増えたが、町外から通勤している職員が多いことに対しては一部の町民から批判の声が上がっている…。
松本はこうした現実を踏まえ、「町に帰還しない職員は昇格・昇給させないようにしたい」と話したのだ。

毎日新聞と河北新報は、7日付の朝刊で松本発言を取り上げた。見出しは、毎日が「町に居住なら昇進優先 職員から不安の声」(30面)、河北が「楢葉町長 職員に帰町求める」(26面)。これを受けて、読売は後追いに動き、7日午後12時36分にウェブ版で次のように報道した。
《東京電力福島第一原発事故による避難指示が2015年9月に解除された福島県楢葉町の松本幸英町長が、昨年11月の庁議や今年2月の新年会で、「避難先から帰還しない職員は昇格・昇給させないようにする」との趣旨の発言をしていたことがわかった。 松本町長は7日、読売新聞の取材に「(発言は)町職員が町民に対し、率先して帰還する姿勢を示すべきだという思いからだった。今後については改めて協議したい」と話した》
これを読んだ楢葉町政策広報室の担当職員は、談話の内容に疑問を抱き、読売に問い合わせをした。その結果、若手記者の捏造が発覚したという。

では、政策広報室の担当職員は、どの部分に疑問を抱いたのか。8日付朝刊を読み返してみると、松本の談話がウェブ版と少し違っていた。
《松本町長は7日、読売新聞の取材に「(発言は)町職員が町民に対し、率先して帰還する姿勢を示すべきだという思いからだった」と話した》
8日付朝刊では「今後については改めて協議したい」が削除されていた。担当職員はこの部分に疑問を抱き、読売に削除を求めたのだろう。「今後については改めて協議したい」などと言うと、松本が弱腰になったと解釈されかねないからだ。

担当職員はこの時点で、若手記者が松本に取材していないことに気づいていたはずだ。ただ、「御社の記者が町長の談話を創作した」と告げた形跡はない。それは、読売が8日付朝刊に記事を載せたことからも分かる。
腑に落ちないのは、若手記者が記事の中に「読売新聞の取材に」という文言を入れたことである。松本がマスコミの取材をほとんど受けないタイプの人物なら、入れたくなるのも分かる。しかし、松本はそういうタイプではないので、言わずもがなである。ましてや、実際は松本に取材してないわけだから、この文言を入れると、二重の意味で捏造になる。おそらく、松本に取材していないからこそ、記事の内容に厚みを持たせるために、この文言を入れてしまったのだろう。

毎日、河北の後追いをしたのは、読売だけではない。福島民報、福島民友新聞も同様で、共に8日付朝刊4面で松本発言を取り上げた。このうち、民報の記事はただ載せただけという感じだった。一方、民友は松本のこんな談話を載せた。
「今春の帰町目標を明示し、行政の執行側として施策を進めてきた。職員にもそれぞれの事情があるとは思うが、町の復興を担う職員が率先して帰還してほしいとの意図だった」
「自分の役割を積極的に果たそうとする職員の人事評価が高くなるのは自然なこと」
毎日、河北に批判的に取り上げられても、松本の方針にブレはないようだ。

毎日福島版は、2月中旬から県内の首長のインタビューを断続的に載せている。復興に対する取り組みを聞くためで、初回は浪江町長の馬場有だった。その後は福島市長の小林香、郡山市長の品川萬里、いわき市長の清水敏男、相馬市長の立谷秀清、南相馬市長の桜井勝延らが登場。3月14日付の紙面には16人目として、楢葉町長の松本が登場した。
「風評被害を払拭し、原発事故も風化させないためには、楢葉の元気な姿をしっかりと見せていくことが大事だ。県民ですら、楢葉に人は住めないと思っている。私自身が約2年前に戻った時には街灯がなく真っ暗だったが、今は夜も明るく、景色が変わってきた。太平洋を望む天神岬温泉の利用者も増えている。ぜひ見に来てほしい」
町外から人を呼び込むためには、町職員が町内に住まなければならない。でないと、楢葉町が安全であるとPRしても、説得力に欠ける。松本が昇格・昇給をちらつかせて町職員の帰還を促したのも、そうした考えがあるからだ。やりすぎと思うかどうかは、それぞれの立場によって異なるのではないか。

【写真】
・読売新聞福島支局が入る読売・民友ビル
・読売新聞東京本社
・エアインタビュー疑惑で揺れるサッカー雑誌の世界
・読売新聞3月15日付朝刊に掲載された「おわび」
・河北新報福島総局
・毎日新聞福島支局
・JR竜田駅前に設置された楢葉町の案内図