野球のBCリーグは福島、新潟、群馬、埼玉、長野、富山、石川、福井の8球団で構成されている。来季は栃木と滋賀の2球団が加わり、計10球団になる予定。東北(福島)から関西(滋賀)まで網羅するので、エリア的に見れば全国リーグに近い。その割りに知名度が低いのが難点だが、球団のある県ではファンが確実に増えている。
NPBは各球団がそれぞれの判断でユニフォームメーカーと契約しているが、BCリーグは違う。球団ではなく、リーグ自体がユニフォームメーカーと契約している。昨季まではそれがミズノ製だったが、今季はアシックス製になった。必然的に各球団のユニフォームに入るロゴマークも変わった。今季は右胸の上部に「∂」のマーク。それを目にするたびに、アシックスの野球に対する意気込みが伝わってくる。

BCリーグとアシックス・ジャパン(アシックスの子会社)が「オフィシャルパートナーシップ契約に合意した」と発表したのは3月14日のことである。契約期間は2016年から3年。これに基づき、アシックスはリーグ8球団にユニフォームなどを提供する。また、マーケティングパートナーとして相互のブランド価値向上を図ったり、共同でライセンスビジネスの拡大を目指す。
両者は4月2日、長野県中野市でオフィシャルパートナーシップ契約の調印式と新ユニフォームのお披露目を行った。BCリーグ代表の村山哲二は「10年目を迎えるBCリーグが次の10年に向けてどう活動していったらいいかを考え、アシックスと連携することにした」と強調。また、アシックス・ジャパン社長の西前学(元ホンダ常務)は「新しい野球の形をBCリーグと共同で推進していきたい」と述べた。

アシックスは1976年以来、野球用品のブランド名を「ローリングス」としていた(スパイクは自社ブランド)。アメリカの有名メーカーとライセンス契約を締結していたのだ。ただ、複数のブランドがあると、宣伝活動の効率が悪くなる。アシックスとローリングスの2つのブランドを別々に売り込まなければならないからだ。そこで、2012年末にローリングス社との契約を満了とし、2013年に自社ブランドへ切り替えた。
アシックスの年間売上は、海外事業も含めると4285億円に達する。国内のスポーツ用品メーカーでは最大で、2位のミズノ(1961億円)に大差をつけている。ただ、野球用品に限定すると、ミズノに太刀打ちできない。2013年に自社ブランドへ切り替えたせいもあるが、ミズノに比べると、新興のイメージがある。そのブランド力は、野球用品に特化しているゼットやSSKと同レベル(やや劣るかもしれない)。このブランド力をどう引き上げるかが、アシックスの課題である。

BCリーグとパートナーシップ契約を締結したのは、その一環である。契約内容は不明だが、ミズノの取引先を奪ったわけだから、それなりの条件を提示したはずだ。ミズノは用品提供で終わっていたが、アシックスはBCリーグと共同でビジネスを展開しようとしている。力の入れ具合に大差があるのだ。これではBCリーグが取引先をミズノからアシックスに切り替えるのも当然である。
アシックス社長の尾山基(創業者・鬼塚喜八郎の娘婿)は、東洋経済のインタビューで次のように述べている(2013年10月13日)。
「野球についていえば、日本国内のビジネスにほぼ限られている。かつては利益を上げていたが、今は利益を生んでいない。損益だけ考えたら『やめたらどうか』という判断になるが、日本発のメーカーとしてそれはできない」
アシックスは、シューズづくりでのし上がってきた会社だ。売り上げに占めるシューズの割合は80%。アパレルが15%で、その他が5%となっている。だから、バットやグラブの製造・販売をやめても、会社の売り上げが急減するわけではない。利益を生んでないとすれば、なおさら「やめた方がいい」という話になる。
ただ、国内に関して言えば、野球はサッカーと並ぶメジャー競技である。競技人口は減少しているものの、プロ野球や高校野球は依然としてテレビ中継される機会が多い。一般紙のスポーツ面も野球の話題が中心だ。その部門から撤退すると、会社全体のイメージダウンにつながると判断しているのだろう。

一方のミズノは過去9年間、BCリーグにユニフォームを供給してきた。そこにアシックスが割り込んで来たことで、BCリーグとの関係が途切れる形になった。もともと野球用品では抜群のブランド力があり、イチロー、松井秀喜、田中将大らにバットやグラブを提供して来た。いまさらBCリーグとの関係がどうなろうと、大した影響はあるまい。
とはいえ、のんびりと構えているわけにもいかない。アシックスはアンダーアーマー、プーマ、ニューバランスの3社と世界3位争いをしているが、ミズノの売り上げはそのレベルに達していない。最近はスポーツ界における存在感が低下しており、ライバルはアシックスではなく、国内3位のデサントになりつつある。

アシックスとミズノは、かつてライバル関係にあった。売り上げも同レベルだった。2006年はアシックスが1710億円、 ミズノが1523億円で、その差は200億円程度だった。それがどうだ。今は前述したように、倍以上の開きがある。たった10年でなぜ、こうなったのか。
要因は海外事業の差にある。アシックスは海外で積極的に事業を展開し、売り上げを伸ばした。現在の売り上げ比率は、国内24に対して海外76だ。一方のミズノは、国内63に対して海外37。国内に安住し、海外に目を向けなかったことが、アシックスとの差につながった。

主力商品の違いも見逃せない。
アシックスの主力商品は、周知のようにシューズだ。売り上げに占める割合は、前述したように80%に達する。特にランニングシューズは高いブランド力がある。最近になって欧米でランニングがブームになり、その愛好者(市民ランナー)が急激に増加。アシックスはその追い風を受けて、売り上げを伸ばした。
ミズノもランニングシューズを製造・販売をしているが、アシックスほどのブランド力はない。競技者レベルではアシックスにやや遅れをとる程度だが、愛好者レベルになると、全く太刀打ちできない。ましてや、街中でスニーカーとしてミズノのシューズを履いている人は皆無に等しい。ピラミッド構造ではなく、頭でっかちになっているのだ。

ミズノが強いのは、野球用品とゴルフ用品である。しかし、この2つは競技人口が減少傾向にあるので、これに代わる柱をつくる必要がある。海外への進出も課題だ。少子化が進む国内を基盤にしていたのでは、じり貧は避けられない。かつてはカール・ルイス(陸上競技)やアイルトン・セナ(F1)がミズノのシューズを愛用していたが、今はそういう広告塔も見当たらない。
ミズノの商品は、国内の競技者の間で評価が高い。室伏広治など一流選手も自社で抱えている。ただ、競技者にターゲットを絞りすぎたことが売り上げの伸び悩みにつながっている面もある。一般人が街中で使うようにならないと、この状況を変えることはできない。
このため、今年になってカジュアル系ブランドの育成に乗り出した。その1つとして、1970~1980年代に人気があったM-lineのシューズを復刻させた。1986年に現在のランバードマークが登場したため、M-lineは淘汰されたが、中年男性の間では「M-lineを復活させるべき」という声が強かった。その声に応えた格好だ。

ミズノとアシックスは長年、夏季オリンピック日本選手団への用品提供でもしのぎを削って来た。 最も注目度が高いのは、表彰式で選手が着用するジャージーだ。これはJOC(日本オリンピック委員会)が自らに対する貢献度などを考慮して、契約メーカーを決めてきた。北京とロンドンはミズノだった。
しかし、リオと東京はアシックスに決まった。アシックスが東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会とゴールドパートナー契約を締結したからだ。契約金は150億円と見られる。売り上げがアシックスの半分にすぎないミズノがこの金額を出すのは不可能。リオは東京とパッケージ契約になったので、これもアシックスになった。

売り上げに大差がつくと、こういうことが起こる。ミズノはずっとアシックスを横目で見ていたが、今は背中を追いかけなければならなくなった。その背中も次第に遠くなり、目を細めなければ見えなくなった。東京オリンピックでアシックスに勢いがつけば、完全に視界から消える。
もちろん、敵はアシックスだけではない。ナイキやアディダスは日本国内でも勢力を拡大している。アンダーアーマーの台頭も著しい。ミズノはこれにどう立ち向かうのか。再浮上はあるか。老舗のスポーツ用品メーカーは今、岐路に立たされている。

【写真の説明】
・今シーズンのユニフォームはアシックス製
・バックボードにもアシックスの広告が…
・公式球に刻印されたアシックスのロゴマーク
・アシックス製のスパイクを履く高橋元気投手
・アシックス製のスパイクを履く貴規外野手
・ミズノ製のスパイクを履く加藤康介投手
・ミズノ製のバットを使用する貴規外野手
・昨季のユニフォームはミズノ製(長嶺拓未外野手)