引っ越しをすると、その直後にNHKの地域スタッフが玄関先に現れることが多い。なぜ、引っ越し先が分かったのか…。こんな疑問を抱いたことのある人は少なくあるまい。答えは、郵便局からNHKに転居情報が流れているからだ。両者は公的な機関でありながら、個人情報保護法違反を堂々とやっているのだ。
具体的な話をしよう。
私は、東日本大震災が起こった直後の2011年6月に引っ越しした。福島市内での移動だったので、距離的には大したことがなかった。郵便局に「転居届」を出したのは5カ月後の同年11月。すると、数日後にNHKの地域スタッフが玄関先に現れた。
「受信契約を結んでください」
住所が変わると、改めて契約を結ばなければならないらしい。

その時点で、私は「地デジ完全移行と同時にテレビとサヨナラする」と決めていた。だから、地域スタッフに「来年3月末に契約を解約しますからね」と言った。すると、地域スタッフは「分かりました。そのときはNHKに連絡してください」と回答した。
続いて、私は「よく引っ越ししたのが分かりましたね?」と質問してみた。地域スタッフは「この辺りをよく歩いていますから」と回答した。「だったら、なぜ、この時期にうちに来たのか。引っ越ししたのは5カ月前なのに…」と思った。ただ、そのときは口に出さず、黙ってやり過ごした。

2012年3月末に地デジ完全移行が実施され、私のテレビは番組が視聴できなくなった。すぐにNHK福島に受信契約の解約を申し込んだが、「ワンセグ付の携帯電話を持っている」という理由で拒否された。その後の展開は3月7日付の本ブログで述べた通りである。
NHKは私を「受信料滞納者」と位置付けている。このため、同年10月ごろ、別の地域スタッフが玄関先に現れた。
「受信料の支払いがストップしていますが、どうされましたか」
私は「テレビが嫌いなので、地デジ完全移行と同時にサヨナラしました。ですから、受信料を支払うつもりはありません」と回答した。この地域スタッフは「そうですか…」と一言。穏健なタイプらしく、それ以降は支払いの話を口にしなかった。

この地域スタッフと会話をしているとき、あの疑問が頭に浮かんできた。
「NHKはなぜ、引っ越し先が分かるのか」
地域スタッフに確認すると、郵便局の「転居届」が情報源だという。
「そうか、だから、転居届の直後に地域スタッフが来たのか。『この辺りをよく歩いていますから』というのは、やはりウソだったんだ。そんなの、歩いただけでは分かるわけないもんな。ったく、騙しやがって…」
と思いつつ、謎が解けたことで、私はスッキリとした気分になった。


郵便局で「転居届」の用紙を改めて確認してみた。1枚目の紙に旧住所、転居者氏名、新住所などの項目が設けられている。これに書き込むと、カーボン紙によって、2枚目の紙に転記される。2枚目の紙のタイトルは、何と「NHK住所変更届」。この紙がNHKに行くから、引っ越し先が分かるのだ。
「まさか、こんなカラクリになっていたとは…。公的な団体なのに、やり方がえげつない。騙し討ちのようなもんだ」
さすがに、この用紙はまずいと判断したのだろう。現在は1枚目の紙の右端に別の紙が追加され、「NHKの住所変更手続きがこの届出用紙で簡単にできます」という案内文が添えられた。これによって騙し討ちのような仕組みは改善されたが、そもそも郵便局とNHKは別の法人である。その両者が情報をやり取りしていること自体がおかしい。
ある郵便局関係者の話。
「転居届の用紙が現在の形になったのは、いつだったでしょうかね。古い用紙は、確かに不親切だったと思います。2枚目の紙が何なのか、大半の人は確認しないからです。当局は新しい用紙に移行しましたが、小さな局は古い用紙を使いきっていない可能性があります。ですから、一部ではいまだに古い用紙が使われているかもしれません」
これから郵便局に転居届をする人は、用紙全体がどうなっているのか、よく確認した方がよい。2枚目の紙は「NHK住所変更届」だから、そのまま提出すれば、NHKにも情報が流れる。それにどう対応するかは、当事者1人ひとりが決めることである。

受信料をめぐっては、昨年9月に新しい動きがあった。自民党の「放送法の改正に関する小委員会」が、NHK受信料の支払い義務化を検討するよう、NHKや総務省に提言したのだ。これを受けて、総務省は11月に「放送を巡る緒課題に関する検討会」を発足させた。NHKや民放のネット活用のあり方を協議し、併せてNHKの受信料制度についても議論する。今年6月をめどに第一次とりまとめを行う予定だ。
NHK会長の籾井勝人は支払い義務化について、「営業コストが浮くのでありがたい」と歓迎し、世帯把握のためにマイナンバーの活用を提案した。
自民党、総務省、NHKが受信料の義務化に意欲を見せるのは、支払い率を高めるためである。現在の支払い率は76%で、24%が払っていないことになる。受信契約の締結、受信料徴収、支払い催促などのコストは年間735億円で、受信料収入の11%に相当する。このコストを削減するために、3者は義務化という方向性を打ち出したのだ。
前出の自民党小委員会委員長の佐藤勉は産経新聞(昨年10月16日付)で、次のように述べている。
「不払い者に支払ってもらえるようになれば、営業経費も減り、受信料も下げられるだろう。もちろん、本当は支払いの義務化など、しない方がいいに決まっている。しかし、支払っている人にとって不公平な状態が、何十年も改善されていない。どこかで一石を投じる必要があると思い、まとめた提言だ」
佐藤は「払っている人にとっては不公平な状態」と言うが、携帯電話のワンセグまで受信料の対象にするのは行きすぎではないのか。画面が小さいうえ、映像がすぐに固まるからだ。あれを見ていて、ストレスが溜まらない人はいないだろう。そう言いたくなるほどの機能しかない。玩具のレベルだ。受信料の対象にするなら、難視聴対策をやらないと不公平になる。

そもそも、なぜ、自民党や総務省はNHKを特別扱いするのか。電気、ガス、水道は使いたい人が契約し、料金を払うシステムになっている。ところが、NHKは例外で、見たくなくても受信料を払わなければならない。テレビを棄却しても、ワンセグ付の携帯電話があれば、受信契約の解約に応じようとしない。受信料を払わない世帯には地域スタッフ(大半は中年男性)を差し向け、支払いを催促する。女性はそれだけで精神的に参ってしまうだろう。
スクランブル化をすれば、受信料を払った人だけが見られるようになる。電気、ガス、水道と同じ方式になる。技術的には可能なのに、なぜ、やらないのか。
佐藤(前出)は、次のように説明している。
「私はそこまで考えていない。現状のNHKの体制は、視聴者から一定の理解を得ていると思う。現在の組織を維持し、健全に運営していくことが望ましいと考える」
これは建前である。スクランブル化すると、「NHKを見たくないから、料金を払わない」という人が続出し、受信料収入が現在(2014年度は6493億円)より大幅に減る。だから、スクランブル化をやりたくないのだ。

【写真の説明】
・NHKの受信料問題を取り上げる新聞各紙。左は産経(2015年10月16日付)、右は毎日(同年10月26日付)
・郵便局の「転居届」。2枚目が「NHK住所変更届」になっている。1枚目を見ただけでは分からない
・現在は1枚目の右端に「NHKの住所変更手続きがこの届出用紙で簡単にできます」という案内文が添えられている