
第26回市町村対抗福島県縦断駅伝競走大会(通称ふくしま駅伝)は11月16日、しらかわカタールスポーツパーク陸上競技場(白河市)をスタート、福島県庁(福島市)をゴールとする16区間95.1㌔のコースで行われた。福島陸協と福島民報社の主催で、52市町村と希望ふくしま(7町村合同)の計53チームが参加した。総合、市、町、村の4部門で順位が争われ、総合・市の部はいわき市、町の部は猪苗代町、村の部は西郷村がそれぞれ優勝した。いわき市のタイム5時間9秒は大会新記録だった。
同駅伝は1989年に第1回大会が行われた。当時の県スポーツ界は、95年のふくしま国体にどう対応するかが最大の課題だった。成年の部は県外出身の有力選手を招聘するという手もあるが、少年の部はそれが難しい。そこで、こうした大会を開催し、中長距離選手の育成を図ろうとしたのだ。国体の開催が迫っていたので、駅伝を通じて、スポーツに対する関心を高めたいという目的もあった。
当時、県内には90市町村があり、第1回大会には約半数の44市町村が参加した。参加を見送ったのは、主に小さな町村だ。10市の中では唯一、相馬市が参加しなかった。全長が10㌔以上の区間もあるので、安易な姿勢ではタスキをつなぐことはできない。それでも第1回大会の盛り上がりに刺激を受け、チーム編成に乗り出す町村が続出。大会の規模は回を重ねるごとに拡大し、第5回大会と第6回大会には89市町村が参加した。90市町村の中で、参加しなかったのは檜枝岐村だけだった。

檜枝岐村は尾瀬の玄関口として知られている。人口は700人台(90年代前半。現在は600人台)なので、選手を揃えるのが難しい。ただ、それが結論では当たり前すぎるので、現地に足を運び、人口以外の要因を調べたことがある。村総務課、村教育委員会、村立中学校で話を聞いた結果、①高校生が村内にいない②道路を走るという行為がしづらい③大会のテレビ中継が見られない―が問題点として浮かび上がった。
①は、檜枝岐村の中学生は高校に進学しないということではない。村内から通学できる高校がないという意味だ。最も近い高校(南会津高校)でも40㌔以上離れているので、高校に進学する生徒は村外で下宿生活をしなければならない。このため、村は会津若松市内に「尾瀬寮」という施設を設置している。
高校生が村内にいないので、仮にふくしま駅伝に参加しようとしても、チームとしての合同練習はできない。本人の自主性に任せるという方法もあるが、長距離走の練習を1人でするのは精神的な負担が大きい。高校の陸上競技部に入っているならともかく、そうでない場合はあまり多くを期待できない。
②は地形が原因だ。檜枝岐村の中心部は標高が約930㍍ある。檜枝岐川の流域にわずかな平地があるだけで、周辺は同1500㍍以上の山々に囲まれている。このため、檜枝岐川と並行して走る国道352号以外の道路は、極端に言えばないに等しい。村内で駅伝の練習をするなら、事実上、この道路を走るしかない。尾瀬の玄関口なので、交通量はそれなりにある。道幅も狭いので、ランナーは常に周りを気にしながら走らなければならない。
③は説明が必要だ。ふくしま駅伝は、第1回大会からテレビユー福島(略称TUF、TBS系列)が中継している。開局は1983年12月。県内の民放テレビ4局の中では最も新しいので、90年代前半は中継局の整備が不十分だった。山あいにある檜枝岐村はTUFの電波を受信できず、それゆえ村民はふくしま駅伝の中継も見られなかった。「中継が見られない→大会に対する関心が高まらない→参加しようという気運が高まらない」という図式になっていたのだ。
福島県の最南端にある檜枝岐村は、幸か不幸か、TBSの電波を受信できた。だから、村民はTUFの電波を受信できなくても、さほど不満を感じなかった。TUFもまた、中継局の整備を急ぐ必要がなかった。特異な条件が揃っていたのだ。


TUFが中継を担当したのは、主催の福島民報社との関係が深いテレビ局だったからだ。新興の同局は、この中継を通じて各市町村との関係を強化しようと意気込んだ。ただ、第1回大会が開催されたのは、開局から6年後のことだったので、駅伝中継のノウハウがなかった。中継の主体になったのはキー局のTBSで、スタッフ30人を派遣した。メーン実況はTBSアナウンサーの多田護が務めた。このほか、東北放送(仙台市)が6人、北陸放送(金沢市)が2人を派遣した。中継の陣頭指揮に当たったのは、TBSスポーツ局副部長の橋本隆(当時。その後、局長)。「TUFにとっては与えられたポジションと与えられた役割をこなすのが精一杯だった」(『TUF10年のあゆみ』より)。


檜枝岐村が初めて参加したのは第16回大会だった。中学生を主体にしてチームを編成し、タスキをつないだ。ただ、2町7村が参加しなかったので、全90市町村が顔を揃えることはなかった。檜枝岐村の順位は81位(最下位)で、80位の柳津町から約13分遅れだった。
第17回大会は73市町村が参加した。参加市町村が一気に減ったのは、平成の合併がスタートしたからだ。檜枝岐村は2年連続で参加し、72位となった。タイムは6時間17分17秒で、前回から14分以上も短縮した。最下位は北隣の伊南村で、檜枝岐村とのタイム差は約2分だった。

【写真の説明】
・優勝したいわき市のアンカー高林拓哉選手
・ゴールを目指す会津若松市のアンカー物江雄利選手
・胴上げされる猪苗代町(町の部優勝)のチーム関係者
・TUFのインタビューを受ける西郷村(村の部優勝)の薄井修監督
・ふくしま駅伝の中継を担当するTUF
・ゴール地点の福島県庁。のぼりを掲げて、自軍の存在をアピール
・被災地の浪江町も参加。福島県庁前で記念撮影