
ラジオ福島に「君の瞳に恋してる」という番組があった。週1回の放送で、パーソナリティは社員アナウンサーの佐々木瞳。名前が「瞳」なので、ボーイズ・タウン・ギャングのヒット曲をそのまま番組名に取り入れたのだ。オープニング曲は、当然のことながら「君の瞳に恋してる」。3年半続いたが、佐々木が今年3月いっぱいで退社したため、番組も終了となった。
佐々木は毎回、テーマを決めたうえで、リスナーからメッセージを募集した。某日のテーマは「異性の理解できないところ」。気のきいたテーマである。私は男なので、すぐさま「女の理解できないところ」を考えた。1秒後に頭に浮かんだのは「占い」である。
「女性って占い好きが多いですよね?私は占いにさっぱり興味がないので、以前から『なぜなんだろう?』と思っていました。瞳ちゃんはどうですか」
そんなメッセージを送信すると、佐々木は番組で「私も占い好きなんです」と言った。その後は占いについて、あれこれと語ったが、話の内容は忘れてしまった(ことにしておく)。
試しに「なぜ女性は占い好きなのか」で検索すると、いろいろと出てきた。こうした疑問を抱いていたのは、私だけではなかったのだ。
ネットで発見したある仮説を紹介してみよう。
《女性の方が男性よりも占い好きというのには、論理的に物事を考える傾向にあるかどうかが、影響していると考えられます。東京学芸大学の三田雅敏氏らの研究によれば、ひとの思考パターンは、胎児期におけるアンドロゲンというホルモンの働きにより決まっており、男女によって明らかに違うパターンがあらわれるといいます。
具体的には男女で思考の違いに傾向があり、男性は論理的で分析に優れ、几帳面でものごとを整然と処理するタイプに、女性は直感や感覚でものごとを判断するタイプになりやすいといわれています》(マイナビニュース)
他にもさまざまな仮説を発見したが、長くなるので、ここには記述しない。興味のある人は、自分で検索してほしい。
占いの話をいったん棚上げして、個人的な話をしよう。私は3人きょうだいの真ん中である。2歳上の兄がいることはすでにブログに書いたが、10歳下の妹もいる。これだけ年齢が離れていると、妹という感じがしない。かといって、娘というほど年齢が離れているわけでもない。男女の違いもあるので、きょうだいゲンカはほとんどしなかった(兄とはプロレスごっご→ケンカというパターンが多かった)。
妹が2歳か3歳のときだった。私は誕生日のお祝いとして消防車のオモチャを買い与えた。女の子になぜ消防車を?と首をかしげる人もいるだろう。今となっては恥ずかしい話だが、当時の私はこう考えた。男の子が乗り物、女の子が人形を好むというのは先入観にすぎない。消防車を買い与えれば、女の子もそれで遊ぶはずだ。物心がつく前の子どもだから、消防車と人形の違いなど分かるわけがない…。
しかし、妹は消防車に全く興味を示さなかった。私が遊ぶように仕向けても、嫌な顔をするだけだった。その数日後、叔母が買ってきた人形を目の前に置くと、興味を示した。しばらくすると、それを手にして遊ぶようになった。私はその姿を見て、「男女の違い」を認識した。男の子が乗り物、女の子が人形を好むというのは、育て方によるものではなく、先天的なものだったのだ。
妹は人形で遊ぶとき、自分なりに物語をつくっていた。自分と人形の1人2役を演じていたのだ。一人っ子に近い立場なので、そんな遊びをしているのかなと思った。しかし、友人たちと遊ぶときも、同じようなことをしていた。妹が描く絵も興味深かった。紙の中央に自分を配置し、周りに花を点在させるというパターン。私は乗り物の絵ばかり描いていたので、再び「男女の違い」を認識した。
物語と言えば、私は読書が好きで、本をたくさん持っている。その全てがノンフィクションで、立花隆、佐野眞一、魚住昭、溝口敦、斎藤貴男、岩瀬達哉、田原総一朗の著作は何冊も持っている。フィクション(小説)には関心がなく、小説家の名前もあまり知らない。
ノンフィクションは「事実に基づく」という制約があるため、筆者が勝手に物語をつくることはできない。その点、制約のない小説の方が人間の本質を描くのに適していると言われる。確かにその通りだが、創作された物語はなぜか読む気にならない。
それは映像媒体も同じ。テレビを持っていないことはすでにブログに書いたが、テレビを持っていたときもドラマは見なかった。見ていたのはニュース、ドキュメンタリー、スポーツ中継だけ。私は事実が好きなのだ。
ここで話を占いに戻す。女性が占い好きなのは、想像力が豊かで、その世界に入り込みやすいからではないか…。これが私の仮説である。占いを基にして物語をつくり出し、自分の未来を想像する。0から物語をつくると、おとぎ話になってしまう。しかし、何かベースになるものがあれば、多少は現実的な話になる。そのベースになるものが占いではないかと思うのだ。
こう書くと、「物語好きの妹と小説嫌いの自分」という事実だけで、そんな仮説を立てるなよ!と突っ込む人もいるだろう。実際、小説は女性だけでなく、男性の読者も多い。小説家も人数は女性より男性の方が多いだろう。だから、私の仮説に異論を唱える人がいるのは当然だ。批判は甘んじて受ける。責任はとらないけど。