かつて『週刊少年マガジン』に「四角いジャングル」という作品が連載されていた。「四角いジャングル」とはプロレスやキックボクシングのリングを意味する。原作は梶原一騎。この作品では、アントニオ猪木(新日本プロレス)とウィリー・ウィリアムス(極真空手)の異種格闘技戦の舞台裏が描かれた。この試合をプロデュースしたのが梶原本人だったので、この作品は読者にノンフィクションであるかのように受け止められた。
この作品に新格闘術総帥の黒崎健時
が登場する。黒崎は元極真空手師範代で、梶原の盟友でもあった。猪木と戦うウィリーにキックボクシング流のパンチとキックを教えたのは、黒崎である。外国人で初めてムエタイのラジャダンナム王者になった藤原敏男も、教え子の1人だ。
梶原の死後、ジャーナリストの斎藤貴男が『夕やけを見ていた男~評伝・梶原一騎』(新潮社)を書いた。その中で、黒崎はこんな証言をしている。猪木とウィリーの試合が目前に迫っていた頃の話だ。『四角いジャングル』を読んだスポーツ紙の記者たちが黒崎のところに来て、こう言ったという。
「黒崎先生、なんで教えてくれなかったんですか」
作品の中で描かれた「数々のエピソード」を記者たちは全く知らなかった。黒崎は梶原に情報を流すだけで、記者たちには流さない…。そう解釈して、黒崎に情報開示を求めたのだ。
これに対して、黒崎はこう答えた。
「バカじゃのー、お前ら。あれは漫画だよ」
何のことはない。数々のエピソードは、梶原の創作だったのだ。
梶原は、フィクションにノンフィクションを織りまぜるという手法をよく使う。ノンフィクション風のフィクションというべきか。実在の人物を作品に登場させ、現実の世界に基づいたストーリーにする。しかし、細かい部分は梶原が創作するというパターンだ。「空手バカ一代」と「プロレススーパースター列伝」はその典型だが、「四角いジャングル」は現在進行形の話をほぼリアルタイムで描いた。だから、記者たちもノンフィクションと誤解したのだ。

雁屋哲原作の「美味しんぼ」は、梶原の手法によく似ている。主人公の山岡士郎、その父親・海原雄山、山岡の妻・ゆう子らは架空の人物。一方、604話には古殿町長の岡部光徳、東京電力福島第一原発所長の高橋毅、前双葉町長の井戸川克隆、岐阜環境医学研究所長の松井英介が実名で登場している。現在進行形の話(原発事故)をほぼリアルタイムで描くというスタイルは、前述した「四角いジャングル」を連想させる。

604話のストーリーは、次の通り。
東京電力福島第一原発を見学した山岡士郎は、自宅で妻・ゆう子、義父・栗田新一、義母・栗田文枝の3人とくつろいでいた。そのとき、鼻血がダラリと流れ落ちてきた。新銀座中央病院(ネットで検索しても確認できないので、架空の存在か)で診察してもらうと、医師は「福島の放射線とこの鼻血とは関連づける医学的知見がありません」と言った。
その後、山岡らは埼玉県に避難した井戸川克隆に面会した。井戸川の隣には松井英介がいた。松井は、山岡にこう問いかけた。
「福島に何度かいらしているそうですが、体調にかわりはありませんか」
山岡が「じつは理由はわからないのに鼻血が出まして…」と答えると、松井は「やはり」と言った。山岡の背後にいた男性(名前は知らない)も「山岡さんもだったの!」「僕も鼻血が止まらなくなった。病院に行ってもぜんぜん原因が分からない」と発言。海原雄山は「む、私も鼻血が出た。大量ではなく、鼻をかんだら、血が混じっているくらいだったが、福島に行くようになってからひどく疲れやすくなった」と強調した。
これを受けて、井戸川はこう述べた。
「私も鼻血が出ます。今度の立候補を取りやめたのは疲労感が耐え難いまでになったからです」「福島には同じ症状の人が大勢いますよ。言わないだけです」
その場にいた人たちは一斉に驚きの表情を浮かべた。特に富井富雄(東西新聞文化部部長代理)は恐怖のあまり、難波大助(東西新聞政治部記者)に抱きついた…。
604話はこれで終わりである。次号の発売は5月12日だから、まだまだ先である。