放射線衛生学の木村真三獨協医科大学准教授がKBS京都「大友良英のJAMJAMラジオ」に初めて出演したのは昨年12月17日のことだった。このときはスタジオ出演ではなく、電話出演だった。
木村氏は、番組で次のように強調した。
「原発事故が起こった直後は、私も『福島県民は県外に集団移転するしかないんじゃないか』と思いました。しかし、福島県内を回ってみると、そんな簡単な話ではないことが分かりました。このまま地元に留まりたいと考えている人が多いし、ここに根付いた文化や風習もあります。何より福島県を地図上から消してしまうわけにはいきません。ですから、どうしたらこのまま地元に住み続けることができるか、地元の皆さんと一緒に考えていきたい」
木村氏の発言を私流に解釈すると、こうなる。
原発事故が起きたことで、福島県の放射線量は平常値よりかなり高くなった。人体に影響を与えるレベルではないが、念のために県民はまとまって避難したほうがいいと考えた。しかし、調査で県内各地を回っているうちに、住民が地元に留まりたいという気持ちを強く抱いていることが分かってきた。先祖代々住み続けてきた土地だし、墓もある。現世代だけの問題ではない。先祖から受け継いだ歴史を子や孫の世代に伝えていかなければならない。放射線量が上昇したからといって、そうした歴史を捨てていいのか。住民自身が「放射線量が(平常値より多少)高くても地元に住み続けたい」というのであれば、その意思を尊重すべきではないか。それを支援するのが、我々の役割ではないか。
木村氏は、年間の被曝量の上限(大人の場合)を5㍉シーベルトと捉えている。「それを超える地域は避難が必要、それ以下の地域は住み続けてもいい」という立場をとっている。ただ、これは科学的な裏付けがあるわけではない。木村氏は「経験で導き出した線引き」と表現している。
木村氏は四国の山村生まれなので、農村の住民が先祖伝来の土地に執着する気持ちが理解できるようだ。しかも、妻のルーツが会津なので、「福島県を地図上から消してしまうわけにはいきません」と考えるようになったのだろう。年間被曝量の上限を5㍉シーベルトとしたのは、「県民の大半は避難せず、自宅にそのまま住み続けている」という現状を追認する意味もあるようだ。
木村氏は、番組で次のように強調した。
「原発事故が起こった直後は、私も『福島県民は県外に集団移転するしかないんじゃないか』と思いました。しかし、福島県内を回ってみると、そんな簡単な話ではないことが分かりました。このまま地元に留まりたいと考えている人が多いし、ここに根付いた文化や風習もあります。何より福島県を地図上から消してしまうわけにはいきません。ですから、どうしたらこのまま地元に住み続けることができるか、地元の皆さんと一緒に考えていきたい」
木村氏の発言を私流に解釈すると、こうなる。
原発事故が起きたことで、福島県の放射線量は平常値よりかなり高くなった。人体に影響を与えるレベルではないが、念のために県民はまとまって避難したほうがいいと考えた。しかし、調査で県内各地を回っているうちに、住民が地元に留まりたいという気持ちを強く抱いていることが分かってきた。先祖代々住み続けてきた土地だし、墓もある。現世代だけの問題ではない。先祖から受け継いだ歴史を子や孫の世代に伝えていかなければならない。放射線量が上昇したからといって、そうした歴史を捨てていいのか。住民自身が「放射線量が(平常値より多少)高くても地元に住み続けたい」というのであれば、その意思を尊重すべきではないか。それを支援するのが、我々の役割ではないか。
木村氏は、年間の被曝量の上限(大人の場合)を5㍉シーベルトと捉えている。「それを超える地域は避難が必要、それ以下の地域は住み続けてもいい」という立場をとっている。ただ、これは科学的な裏付けがあるわけではない。木村氏は「経験で導き出した線引き」と表現している。
木村氏は四国の山村生まれなので、農村の住民が先祖伝来の土地に執着する気持ちが理解できるようだ。しかも、妻のルーツが会津なので、「福島県を地図上から消してしまうわけにはいきません」と考えるようになったのだろう。年間被曝量の上限を5㍉シーベルトとしたのは、「県民の大半は避難せず、自宅にそのまま住み続けている」という現状を追認する意味もあるようだ。