1999年5月、仙台市秋保温泉の旅館に4人の男たちが集まった。前田建設工業の寺島一雄副会長、水谷建設の水谷功会長、福島県建設技術センターの江花亮理事長(元同県土木部長)、それに鹿島建設東北支店の門脇一韶元副支店長だ。会合の中では、業界内の受注調整が行われたとされている。寺島副会長によると、門脇元副支店長から「木戸ダムはおたく(前田建設工業)に決まったよ」と言われたという(福島県政汚職事件の裁判での証言)。ただ、江花理事長はその話(受注調整)を否定している(同)。
江花理事長は、業界内で佐藤栄佐久知事・祐二社長の側近(代理人)と見られていた。当時は福島県を定年退職し、同センターに天下っていたが、依然として県土木部に強い影響力を持っていた。
読売新聞(2006年9月27日付)は「福島県幹部、『談合システム』代々引き継ぐ」という見出しで、次のように報道した。
〈福島県発注工事で、県土木部の有力OBがパイプ役となって、佐藤栄佐久知事の実弟、佐藤祐二容疑者(63)らが決めた落札予定業者を県幹部に伝え、県の指名業者に入れる仕組みが、県幹部に代々引き継がれていたことが関係者の話で分かった。東京地検特捜部は、祐二容疑者がこうした「官製談合」システムを利用し、受注調整を図っていたとみて調べている〉
「県土木部の有力OB」とは、江花理事長のことだ。この事件では、福島市の江花理事長の自宅も東京地検特捜部の捜索を受けた。
一方、門脇元副支店長は東北談合界のボスだ。鹿島は国内最大手のゼネコンだが、特に東北では圧倒的な強さを発揮している。鹿島建設の歴史的な背景に加え、門脇元副支店長の政治力も見逃せない。1958年に嘱託社員で東北支店に採用され、その後、正社員になった。談合や選挙対策など「裏の業務」を担い、副支店長にまで昇り詰めた。
門脇元副支店長は若いころ、本間俊一元衆院議員(本間俊太郎元宮城県知事の父親)の選挙を手伝っていた。そこで知り合ったのが、本間元議員の秘書をしていた三塚博元衆院議員だ。三塚元議員が県議、衆院議員になるにつれて、門脇元副支店長の業界でのポジションもアップし、ついに東北談合界の仕切り役に就いた。
(つづく)
江花理事長は、業界内で佐藤栄佐久知事・祐二社長の側近(代理人)と見られていた。当時は福島県を定年退職し、同センターに天下っていたが、依然として県土木部に強い影響力を持っていた。
読売新聞(2006年9月27日付)は「福島県幹部、『談合システム』代々引き継ぐ」という見出しで、次のように報道した。
〈福島県発注工事で、県土木部の有力OBがパイプ役となって、佐藤栄佐久知事の実弟、佐藤祐二容疑者(63)らが決めた落札予定業者を県幹部に伝え、県の指名業者に入れる仕組みが、県幹部に代々引き継がれていたことが関係者の話で分かった。東京地検特捜部は、祐二容疑者がこうした「官製談合」システムを利用し、受注調整を図っていたとみて調べている〉
「県土木部の有力OB」とは、江花理事長のことだ。この事件では、福島市の江花理事長の自宅も東京地検特捜部の捜索を受けた。
一方、門脇元副支店長は東北談合界のボスだ。鹿島は国内最大手のゼネコンだが、特に東北では圧倒的な強さを発揮している。鹿島建設の歴史的な背景に加え、門脇元副支店長の政治力も見逃せない。1958年に嘱託社員で東北支店に採用され、その後、正社員になった。談合や選挙対策など「裏の業務」を担い、副支店長にまで昇り詰めた。
門脇元副支店長は若いころ、本間俊一元衆院議員(本間俊太郎元宮城県知事の父親)の選挙を手伝っていた。そこで知り合ったのが、本間元議員の秘書をしていた三塚博元衆院議員だ。三塚元議員が県議、衆院議員になるにつれて、門脇元副支店長の業界でのポジションもアップし、ついに東北談合界の仕切り役に就いた。
(つづく)