福島県の地域振興策を発案した東京電力は、この構想を地元にどう伝えたらいいかと悩んだ。当時は原発増設計画をめぐって福島県との関係が悪化しており、せっかく発案した地域振興策が拒否される恐れもあった。だから、ストレートではなく、段階を踏んで伝えたほうがいいと判断したのだ。
東電は、自社工事の発注で関係が深い前田建設工業に仲介役を依頼した。前田建設は、水谷建設工業の水谷功会長を伝達役に選んだ。水谷建設は前田建設の下請け業者で、水谷会長は佐藤祐二・郡山三東スーツ社長(佐藤栄佐久知事の実弟)とも親しい関係にあった。
水谷会長から話を聞いた祐二社長は、「福島県の活性化につながる」と歓迎した。祐二社長は、郡山商工会議所都市情報委員会副委員長という立場にもあった。サッカースタジアムは、郡山市に建設される公算が強く、これが実現すればJリーグチームの誘致に弾みがつく。
祐二社長は構想の存在を福島県や郡山市に知らせ、協力を要請した。結果として、東電と福島県・郡山市の連絡役を果たしたことになる。栄佐久知事はそれを知って、激怒した。
「なんで、お前が県の行政に口出しするんだ!」
祐二社長は一民間人の立場で取り次いだつもりだったが、周りがそう見るとは限らない。
「知事の弟が東電と組んで、何かやろうとしている」
栄佐久知事が祐二社長を叱ったのは、そんな誤解を招く恐れがあったからだ。
東電の荒木浩社長はその後、福島県庁を訪れ、地域振興策を正式に発表した。ただ、サッカー練習施設の構想を発表しただけで、サッカースタジアムと美術館の構想は伏せられた。その理由は不明だ。
福島県では、1995年にふくしま国体が開催される予定になっていた。サッカー競技の会場は郡山市。福島県サッカー協会は、地元国体で優勝を果たすため、大学やJリーグから選手をスカウトし、東北社会人リーグ1部の福島FCに加入させた。
福島FCはもともと「福島教員団」という名称だった。その名の通り教員限定のチームだったが、ふくしま国体向けの強化チームに指定されたことから、教員以外の選手も受け入れることになった。昼間、選手はそれぞれの職場で働き、夕方や週末に合同で練習するというスタイルだ。
この福島FCが94度年の全国地域リーグ決勝大会を勝ち抜き、ブランメル仙台(現ベガルタ仙台)と共にJFLに昇格を決めた。これは福島県サッカー協会にとって、予想外の事態だった。自前のチームが短期間でこれほど強くなるとは思っていなかったからだ。
これに伴い、福島県サッカー協会のJリーグチームの誘致活動も方針転換した。従来は既存のJFLチームを誘致し、Jリーグに昇格させる計画だった。しかし、福島FCがJFLに昇格したため、これをJリーグチームの母体にすることにしたのだ。
(つづく)
東電は、自社工事の発注で関係が深い前田建設工業に仲介役を依頼した。前田建設は、水谷建設工業の水谷功会長を伝達役に選んだ。水谷建設は前田建設の下請け業者で、水谷会長は佐藤祐二・郡山三東スーツ社長(佐藤栄佐久知事の実弟)とも親しい関係にあった。
水谷会長から話を聞いた祐二社長は、「福島県の活性化につながる」と歓迎した。祐二社長は、郡山商工会議所都市情報委員会副委員長という立場にもあった。サッカースタジアムは、郡山市に建設される公算が強く、これが実現すればJリーグチームの誘致に弾みがつく。
祐二社長は構想の存在を福島県や郡山市に知らせ、協力を要請した。結果として、東電と福島県・郡山市の連絡役を果たしたことになる。栄佐久知事はそれを知って、激怒した。
「なんで、お前が県の行政に口出しするんだ!」
祐二社長は一民間人の立場で取り次いだつもりだったが、周りがそう見るとは限らない。
「知事の弟が東電と組んで、何かやろうとしている」
栄佐久知事が祐二社長を叱ったのは、そんな誤解を招く恐れがあったからだ。
東電の荒木浩社長はその後、福島県庁を訪れ、地域振興策を正式に発表した。ただ、サッカー練習施設の構想を発表しただけで、サッカースタジアムと美術館の構想は伏せられた。その理由は不明だ。
福島県では、1995年にふくしま国体が開催される予定になっていた。サッカー競技の会場は郡山市。福島県サッカー協会は、地元国体で優勝を果たすため、大学やJリーグから選手をスカウトし、東北社会人リーグ1部の福島FCに加入させた。
福島FCはもともと「福島教員団」という名称だった。その名の通り教員限定のチームだったが、ふくしま国体向けの強化チームに指定されたことから、教員以外の選手も受け入れることになった。昼間、選手はそれぞれの職場で働き、夕方や週末に合同で練習するというスタイルだ。
この福島FCが94度年の全国地域リーグ決勝大会を勝ち抜き、ブランメル仙台(現ベガルタ仙台)と共にJFLに昇格を決めた。これは福島県サッカー協会にとって、予想外の事態だった。自前のチームが短期間でこれほど強くなるとは思っていなかったからだ。
これに伴い、福島県サッカー協会のJリーグチームの誘致活動も方針転換した。従来は既存のJFLチームを誘致し、Jリーグに昇格させる計画だった。しかし、福島FCがJFLに昇格したため、これをJリーグチームの母体にすることにしたのだ。
(つづく)