佐藤栄佐久知事は2003年7月3日、「県民の声を聴く会」を開いた。その1週間後の10日、東京電力の勝俣恒久社長と面会し、福島第一原発6号機の再稼働を容認すると伝えた。
「不正再発防止に向け、愚直に取り組んでいることを評価し、『了』としたい」
佐藤知事がそう言うと、同年齢の勝俣社長は深々と頭を下げた。
これを機に福島第一・第二原発の各原子炉は順次、再稼働した。この年は記録的な冷夏で電力需要が伸びず、結果として関東の電力不足は回避された。
佐藤知事に借りができた勝俣社長は、毎年1月4日または5日、年始のあいさつをするため、福島県庁を訪問するようになった。原発が立地する双葉郡の双葉、大熊、富岡、楢葉の4町に足を延ばすこともあった。日本を代表する企業のトップであっても、原発を置いてもらっているという負い目があると、こうした卑屈な態度をとらざるを得ないのだ。
東電の歴代社長は、データ改ざんの発覚で総退陣に追い込まれた。彼らの首をとったのは経済産業省の村田成二次官だ。これを機に電力改革を進め、発送電の分離を実現するつもりだったが、そうは問屋が卸さなかった。電力業界が自民党の電力族と組んで、巻き返しを図ったからだ。
党エネルギー総合政策小委員会は、委員長が甘利明衆院議員(後に経済産業大臣)、事務局長が加納時男参院議員(元東電副社長)だった。委員会の議員たちは「発送電分離は十分に議論されていない」として猛反対した。
電力改革の口火を切った総合資源エネルギー調査会の分科会=この項(3)参照=も、「発電から小売りまで一貫した体制の存続」と明記した答申案をまとめた。
このため、経産省が推進する電力改革は壁に突き当たった。改革の旗頭・村田次官が04年夏に退官したため、その後は省内の風向きが変わった。08年夏には望月晴文資源エネルギー庁長官が次官に就任。本省の局長未経験者が次官になるのは極めて異例。その背後に自民党電力族の強力な後押しがあった。
データ改ざんが発覚しても、電力業界は既得権を守り通した。また、経産省は原子力安全・保安院の切り離しを阻止した。東電と対立した佐藤知事は06年10月、収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕され、政治の表舞台から姿を消した。
(おわり)
「不正再発防止に向け、愚直に取り組んでいることを評価し、『了』としたい」
佐藤知事がそう言うと、同年齢の勝俣社長は深々と頭を下げた。
これを機に福島第一・第二原発の各原子炉は順次、再稼働した。この年は記録的な冷夏で電力需要が伸びず、結果として関東の電力不足は回避された。
佐藤知事に借りができた勝俣社長は、毎年1月4日または5日、年始のあいさつをするため、福島県庁を訪問するようになった。原発が立地する双葉郡の双葉、大熊、富岡、楢葉の4町に足を延ばすこともあった。日本を代表する企業のトップであっても、原発を置いてもらっているという負い目があると、こうした卑屈な態度をとらざるを得ないのだ。
東電の歴代社長は、データ改ざんの発覚で総退陣に追い込まれた。彼らの首をとったのは経済産業省の村田成二次官だ。これを機に電力改革を進め、発送電の分離を実現するつもりだったが、そうは問屋が卸さなかった。電力業界が自民党の電力族と組んで、巻き返しを図ったからだ。
党エネルギー総合政策小委員会は、委員長が甘利明衆院議員(後に経済産業大臣)、事務局長が加納時男参院議員(元東電副社長)だった。委員会の議員たちは「発送電分離は十分に議論されていない」として猛反対した。
電力改革の口火を切った総合資源エネルギー調査会の分科会=この項(3)参照=も、「発電から小売りまで一貫した体制の存続」と明記した答申案をまとめた。
このため、経産省が推進する電力改革は壁に突き当たった。改革の旗頭・村田次官が04年夏に退官したため、その後は省内の風向きが変わった。08年夏には望月晴文資源エネルギー庁長官が次官に就任。本省の局長未経験者が次官になるのは極めて異例。その背後に自民党電力族の強力な後押しがあった。
データ改ざんが発覚しても、電力業界は既得権を守り通した。また、経産省は原子力安全・保安院の切り離しを阻止した。東電と対立した佐藤知事は06年10月、収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕され、政治の表舞台から姿を消した。
(おわり)