東京電力福島第一原発は、昨年3月11日の地震と津波で全電源が喪失し、制御不能になった。最も危険だったのは、14日夜から15日未明の時間帯だ。このとき、吉田昌郎所長は、作業員に言った。
「皆さん、今までいろいろありがとう。努力したが、状況はあまりよくない。みなさんがここから出るのは止めません」
これに伴い、数百人の作業員が退避したが、70人は残った。後に海外メディアから「フクシマ・フィフティーズ」と呼ばれる人たちだ。
清水正孝社長が官邸に何度も電話をかけ、「撤退」という言葉を口にしたのも、この時間帯だ。部分撤退なら、吉田所長の判断で行っていた。清水社長がわざわざ官邸と連絡をとったのは、全面撤退が頭にあったからにほかならない。

このとき、現場に残った作業員は、いわば「志願兵」だ。自分たちまで撤退したら、被害がどれだけ拡大するか分からない。だから、死を覚悟して、作業を継続したのだ。
同じ東電でも、本社にはそこまでの覚悟はなかった。作業員に犠牲者が出ることを恐れて、官邸に撤退を打診。官邸はそれを拒否し、菅直人首相が東電本社に乗り込んだ。その場で「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などと訴えた。12日にヘリコプターで現場に行ったことが、こうした発言につながったと推測される。

菅首相は「作業員に犠牲者が出ても仕方がない」と判断した。実際に犠牲者が出れば、遺族に責められただろう。「人殺し」と呼ばれたかもしれない。
一方で、撤退を認めれば、被害が拡大し、福島県民全員を避難させることにもなりかねない。その過程で、体力のない入院患者や高齢者が何百人も亡くなるのは必至だ。
作業員と一般県民のどちらを優先するか、犠牲者の人数はどちらが少ないか…。それらを計算したうえで、前述したような判断を下したのだ。

原発事故は戦争に匹敵する国の危機だ。一国の指導者は、戦争になれば、兵隊を犠牲者にしてでも、国を守らなければならない。だから、菅首相は清水社長の申し出を却下したのだ。
指導者はときに、こうした冷酷な決断をしなければならない。菅首相はそれをやり遂げ、危機を乗り越えた。幸い、作業員に被曝による犠牲者は出なかった。事故の規模からすると、奇跡に近い。菅首相は運を持っている男だ。
しかし、自民党、民主党小沢グループ、一部メディアは菅首相を「無能」呼ばわりし、辞任を迫った。原発事故を権力闘争に利用したのだ。さらに、事故の原因が菅首相にあったかのように仕立て上げた。これは、いくらなんでもやりすぎだ。「この国は一体、どうなっているのか?」と首をかしげざるを得ない。