ビキニ環礁での核実験で第五福竜丸が漁業中に被爆したことは、有名な話です。お亡くなりになった久保山愛吉さんの亡くなる前に言った言葉「原水爆による犠牲者はわたしで最後にしてほしい」という言葉は多くの方の胸に響いたと思います。


ビキニ環礁の実験で被ばくしたのは、本当に第五福竜丸だけだったのか?


一艘だけがそこにいたと考えるのは、あまりにも不自然で、調査要求は出ていました。それに対し「資料がない」としてきたのは国の対応でした。


それが、実はあったのです。


それが、今頃、、、やっと、、厚労省から公開されました。


その頃太平洋で操業していたのべ556隻、実数473隻について人体と水揚げした魚の放射線量などが記載された資料がありました。


若くしてがんで亡くなった船員もいました。


そこで行われたのは、「口外するな」の箝口令。本当なら国をあげて実験を行ったアメリカに対し、抗議すべきところをせず、被害者への口封じとはあまりにもお粗末。


せめて被害者救済の措置をとるべきだったのに、、、


第五福竜丸だけでなかった。黙らせられ救われなかった被害者への責任はどうするつもりなのか?!