
イラン・パペ (著), 田浪 亜央江 (翻訳), 早尾 貴紀 (翻訳)
早尾貴紀
東京経済大学 准教授。東北大学 文学部 哲学科卒。
東北大学 経済学研究科 社会思想史専攻 博士。
ディアスポラ(民族離散)の理論的研究。
シオニズム(ユダヤ・ナショナリズム)の多角的分析。
早尾貴紀・東京経済大学准教授 著『国ってなんだろう?』
早尾貴紀・東京経済大学准教授 著『ユダヤとイスラエルのあいだ』
「離散の民、ディアスポラの民・ユダヤ人」という言い方。
実は、この「ディアスポラ」という言葉は、ヘブライ語ではなく
シオニストによって翻訳されたギリシャ語 語源の言葉である。
本来、ヘブライ語では、神殿崩壊・捕囚以降の
ユダヤ人の追放・離散状態を「ガルート」と言う。
「ガルート」との意味するところは、
最後の審判の日に離散状態は終わるかもしれないけれども、
それまでのあいだはどこにいても「ガルート(追放)」状態であり、
たとえ現在のエルサレムにいようとも「ガルート」の状態である。
ところが、「ガルート」を翻訳しようとしたシオニストらは、
たんに我々は国を失って離散しているだけだから、
それを終わらせるなら新しい国家を作ってそこに集まればいいのだと、
意図的に「ディアスポラ」という言葉に誤訳した。
つまり、「時間的追放」から「空間的離散」へと、
読み替えが行なわれた。
国民国家を作れば「空間的な離散」を終わらせることができる
という幻想を広めた。
シオニズムとかディアスポラ自体が捏造であるということになる。
早尾貴紀・東京経済大学准教授
『パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力』イラン・パペ
早尾貴紀・東京経済大学准教授
『パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力』イラン・パペ
★イラン・パペ=一九五四年、イスラエル・ハイファ市生まれ。
ハイファ大学講師を経て、現在イギリス・エクセター大学教授、
同大学パレスチナ研究所所長。
イスラエル建国期のパレスチナ現代史を中心としたパレスチナ/イスラエル史研究。
日本での講演録として、『イラン・パペ、パレスチナを語る』がある。
以下は、対談=臼杵陽×早尾貴紀 より抜粋〜
http://dokushojin.com/article.html?i=2694
十九世紀に東方問題の一つとして起こったクリミア戦争は、
オスマン帝国領にある聖地エルサレムの管理権を巡る、
ロシアとフランスの争いに、イギリス等の列強が介入した国際紛争でした。
そしてエルサレムは、十六世紀以来統治してきたオスマン帝国から、
第一次世界大戦でイギリス帝国の委任統治下に入り、
1948年までその状態が続きます。
その時まではエルサレムを含む聖地について、
原状変更しないという「ステイタス・クオ」の原則がありました。
原状を変更すれば、それが必ず紛争につながるということで、
原則は十九世紀以来守られてきたわけです。
逆にいえばこの聖地管理権問題は、
欧米列強がエルサレムに入った十九世紀に始まった、
ともいうことができます。
そもそもヨーロッパの列強が、
聖地の争いとして、宗教を利用して、パレスチナに入ってきた
ということなんですよね。
エルサレムには
・ユダヤ教の「嘆きの壁」
・イスラームのアル・アクサー・モスクと「岩のドーム」、
・キリスト教の「聖墳墓教会」と、
三つの聖地があります。
聖墳墓教会はイエス・キリストが十字架にかけられた場所で
十字軍以来とりわけカトリックの信者たちはその場所が
欲しくて仕方がなかった。
十字軍は聖地奪還の闘いに挑みます。
ただ、聖フランチェスコはスルタンと会ったりしています。
そして聖墳墓教会の中にはカトリックとギリシャ正教会とが、
同じように礼拝場所を持つことになりました。
そこからさらに、キリスト教の聖地を、
キリスト教の宗派間で争うということになっていきます。
それぞれ、
・カトリックはフランスが支援し、
・ロシア帝国はギリシャ正教を支える。
・プロテスタントなので、聖地に関われない英国教会は、
ユダヤ教徒を利用する。
そのようにして、列強の対立の構図が出来上がっていったのです。
いってしまえば、バルフォア宣言などは帰結であって、
それ以前からイギリスは、
パレスチナでユダヤ教徒を利用することを考えていたんです。
これは政治であり、決して宗教紛争ではない。
このことは明確にしておかなければならないと思います。
詰まるところ、ヨーロッパ列強の利権を巡る紛争である。
実は日本の幕末とも同じ構図なんですよね。
幕府側をフランスが支え、薩長をイギリスが支えて闘った。
徳川慶喜が素早く大政奉還していなかったら、
日本は内戦になって、クリミア戦争や中国のアヘン戦争のように、
国が列強に分断されることになったでしょう。
幕末、クリミア戦争にイギリスやロシアが一生懸命になっていて、
太平洋がたまたま軍事的空白になった隙をぬって、
アメリカの黒船がひょっと入ってくるんですね。
同じ頃、フランス公使としてきたロッシュは、
その前はアルジェリアやフランス植民地の軍官僚でした。
アラブ世界、とりわけ北アフリカに関して彼はプロで、
日本を何らかのかたちでフランスの影響下に入れたい
という意図があったことは明らかです。
この時代には、一国史では見えない側面があるように思います。
時代が下り、『パレスチナの民族浄化 (イラン・パペ著)』では、
1948年のイスラエル建国宣言を前後して、
パレスチナ住民がいかに計画的、組織的に虐殺・追放を受けたのか、
シオニストによる「民族浄化」の一部始終を、
資料を分析し、数々の事例を挙げることで示していきます。
1948年という年は、
東アジアでは朝鮮半島の南北の分割がありましたし、
前年には台湾で二・二八事件が起こっています。
中国の内戦で1949年に中華人民共和国が成立。
1950年には朝鮮戦争が起こります。
この時代には、第二次世界大戦までの帝国主義的な利害が、
戦後の秩序の中で再分割、再編成されていく過程がありました。
パレスチナの置かれた状況も、
そうした動きと無関係ではなかった。
1947年に国連が出したパレスチナ分割決議案では、
エルサレムは国際管理地とされました。
1948年のイスラエル独立宣言を挟み、
1949年の第一次中東戦争の休戦合意で、
旧市街のギリギリ手前の西エルサレムまでがイスラエル領となります。
これが第一段階です。
1967年の第三次中東戦争では、
東エルサレムを含むヨルダン川西岸地域も、
全てイスラエルがとりました。
そしてイスラエルは、東西エルサレムは統合された、
と主張しているわけです。
東エルサレムの旧市街には「嘆きの壁」といわれる
かつてのユダヤ教神殿の城壁があり、
ここを含めて手中に収められたことが、イスラエルにとって重要でした。
ただ国際社会としては、
第三次中東戦争という武力で併合した領土を、首都とは認められない。
ということで、世界中の大使館は、
エルサレムではなくテルアビブに存在します。
その状況を変えることは、
単純には占領地に関する国際条約に違反するという面もありますし、
即紛争が起こる可能性も秘めたより複雑な事情も孕みます。
そういう状況の中で、
なぜ今回のエルサレム承認発言が出てしまったのか。
エルサレムに大使館を移せば、
東西統一エルサレムをイスラエルの首都とすることも認めることになり、
第三次中東戦争でイスラエルが占領した、
東エルサレムを含むヨルダン川西岸を
イスラエルの国土として認めることにもなります。
これはれっきとした国際法違反です。
トランプは、シオニスト・ロビーや、福音派のキリスト教徒たちの
支持を得るという、自身の大統領としての延命策のみで、
国内問題を国際紛争化してしまっている。
パレスチナ問題には、
イギリスの無政策がまずあり、
その上で国連による現状を全く無視した無責任な分割決議があった。
当時の国連加盟国が、
パレスチナの現状についてどれぐらい理解していたかといえば、
ほとんど何も知らなかったでしょう。
そういう中で、虐殺・追放等の暴力的行為により、
既成事実としてユダヤ人の土地がどんどん確保されていきました。
多くのパレスチナ人が殺され、
あるいは暴力的に土地を追われることになったのは、
国際社会のせいだともいえるわけです。
国際社会の無責任さが、
結果的にシオニズム・ロビーの肩を持つかたちで、
事が進められてしまった。
他方で、イスラエルのシオニストたちは、
国際社会の無関心をうまく利用して、
計画的にパレスチナの軍事占領の道筋を作り上げていきました。
それを今回のエルサレム承認問題では、
アメリカが反復しようとしている、ということになりますね。
ユダヤ系イギリス人作家 Israel Zangwill によって作られた
シオニズムの歴史修正主義スローガン、
“A land without a people for a people without a land
(民なき土. 地に土地なき民を)”
この本で、最も力点が置かれているのは、
シオニズム側の主体的で計画的なたくらみによって、
「民族浄化」を通じイスラエル建国が成ったという点ですね。
パぺ氏のした仕事は、シオニズム側から今まで語られてきたような
“土地なき民に、民なき土地を”といったスローガンを無効化し、
旧来の建国神話をひっくり返したこと。
そのために、非常に戦略的に書いている、ということです。
もう一つ、イスラエル側はホロコーストという世界的大事件を利用して、
自らを正当化をするという側面もありました。
イスラエルに対する批判をかわす道具の一つとして、
政治的にホロコーストの悲惨さ、犠牲者の語りを
導引していくわけですね。
アイヒマンという「極悪非道のナチスの幹部」を、
エルサレムで裁判にかけることで、
もう一度ホロコーストへ世界の注目を集め、
ホロコーストがあったからこそ、今イスラエル国が必要なのだ、
という物語を再構築していった。
ホロコーストはアンタッチャブルな出来事ですから、
それを持ってこられたら国際社会は、イスラエルを批判しにくくなる。
しかし例えばハンナ・アーレントは、
アメリカに移住して、シオニズムから一定の距離を取っていたので、
そのことが白々しく見えた。
それで『エルサレムのアイヒマン』を書いたところ、
シオニストのコミュニティから激しくバッシングされ、
論争になっていくわけです。
アーレントがユダヤ人で、
しかもナチス政権から亡命してきた経験があるからこそ、
その語りを見過ごしにできないところがある。
それはイスラエルのユダヤ人歴史家であるパぺにも
重なるところがあります。
イラン・パペの存在の重要さとは、
ユダヤ系イスラエル人でありながら、
イスラエルのたくらみを暴いたところですね。
それで嫌がらせを受けて、
イスラエル北部都市ハイファにある大学を
去らざるを得なくなったようですが。
シオニストたちの発想は、
いかにしてパレスチナをユダヤ化していくかということに尽きます。
ユダヤ人をマジョリティにするための必然として、
もともとそこに住んでいたアラブ人を「追い出す」わけです。
その一環として行われた非人道的で意図的な軍事作戦を、
パぺ氏は縷々、個々の村や町の事例を挙げることで暴いていきますね。
特に一貫してこれを「民族浄化」と呼んでいるのは戦略的です。
旧ユーゴスラビアのジェノサイドと重ねることで、
国際的に議論可能な枠組みに、
パレスチナ問題を当てはめる意図があったのでしょう。
特徴的なのは、いかにイスラエル軍が計画的、組織的に、
民族浄化を行ったかを、一貫して描いているところですよね。
シオニストは、国連分割決議案で、
ユダヤ人国家に指定されたところを守っただけだ、
という理屈でずっと通してきたけれど、
この本を読めば、先住のアラブ人たちを追放するために、
イスラエル軍が虐殺を含め、
あらゆる野蛮な行為も辞さなかったという事実が見られます。
これまでイスラエル軍が「防衛」という言葉で正当化してきたものが、
ただ一言「大虐殺」でしかなかったと。
これでもかこれでもかと、具体的に村の名を挙げ町の名を挙げ、
殺された人数を挙げ、攻撃を命じた責任者を挙げていく。
徹底していますよね。
当然のことながら、アラブ人側にも抵抗運動が起こっていて、
全てのパレスチナ人が、唯々諾々と逃げて行ったわけではない。
ただ、軍備の規模は雲泥の差で、抵抗運動は簡単につぶされていくと。
分割決議でアラブ国家に指定されている場所でも、
パレスチナ人たちは追い出されていきます。
多くの民間人は、戦時中の一時退避のつもりで、
家に鍵をかけ、出かけてきている。
戦場から一時避難したということですよね。
帰ることが前提になっていた。
それにもかかわらず帰れなくなってしまった。
パぺは、完膚なきまでに、
従来のイスラエル建国神話をひっくり返して見せたわけですね。
初めにパレスチナ人が勝手に逃げていった説があり、
次に一部追放・虐殺はあったが、
偶発的なものだったという言説がありました。
それら全てを覆したわけです。
訳者あとがきには、
パぺが歴史著述における語りというものに非常に自覚的で、
自らの立場性を考慮し、
立場の異なる歴史家の見解を取り入れていったとあります。
それでもイスラエルのユダヤ人であるという立場からは自由にはなり得ない。
シオニストたちは
「自己嫌悪のユダヤ人Self-hating Jews」から出てきたものとして、
本書を握りつぶしていくことになるかもしれません。
パぺ氏が祖国に帰る日はまだ遠いでしょう。
イスラエル人が国外に出ていく、
イスラエル人ディアスポラと呼ばれる現象も目立っているようですね。
イスラエルで生まれたユダヤ人たちは、
イスラエリー(イスラエル人)と自己認識する人が増えていて、
国政が悪くなればなるほど、
イスラエルの在り方に批判的なイスラエリーが、
どんどん国外に移住していく。
これはバルフォア宣言以降、ユダヤ人移民を受け入れ、
パレスチナ人を排外することで、
ユダヤ化を進めてきたイスラエル国家にとって、
危機ですし、皮肉な事態です。
イスラエル人ディアスポラについていくつかの機関の推計を見ると、
イスラエルのユダヤ系の人口約七〇〇万人のうちの、一割弱、
最大で約六〇万人もがイスラエルの国籍を保有したまま
国外在住だということです。
それから、イスラエルは、東西エルサレムを統合したといっていますが、
東エルサレムに住むアラブ人を国民とは認めていないんですよね。
つまり彼らは無国籍なわけです。
東エルサレムの土地は欲しいけれど、非ユダヤの人口は増やしたくないと。
パレスチナ人が現在もなお、そうした状況に置かれているということは、
もっと一般に知られるべきことだと思います。
パレスチナ人の人口を抑制し、ユダヤ人の人口比を高めるため、
書類上の難癖をつけての国外追放や家屋破壊も、
最近いっそう目に余るようです。
ミクロな形での追放政策は、依然として継続しているといえます。
しかし何もかもご都合主義でまかり通っているのを、
国際社会は容認してしまっている。
それがトランプ政権の今回の政策で、
既成事実として追認されていく流れにあるということです。
イスラエル・アラブと呼ばれる、
イスラエル国籍を持ったアラブ(パレスチナ)人は
二〇%ほどいるわけですが、
この人々が、イスラエル側からすると、政策の障害になりますよね。
だからこそ、国内で反イスラエルデモが起これば、
銃で平然と撃ってでも徹底的につぶす。
自国民であるパレスチナ人を、撃つわけです。
敵対行為を名目として、
イスラエル国籍を合法的に剥奪できるようにもなってしまいました。
恣意的に国籍剥奪できるようになったら、
いよいよイスラエル国内の残るパレスチナ人の存在を
抹消していく方向に進みかねない。脅威です。
民族浄化は決して、七〇年前の話ではなく、
現在のイスラエル国内の問題として続いています。
しかしそもそも、アラブ文化圏の中に、
ユダヤ教、キリスト教、イスラームと三つの宗教があって、
ムスリムとキリスト教徒はアラブ人で、
ユダヤ教徒だけがアラブ人ではない、というのはおかしな話ですよね。
そもそも分類のカテゴリーがまったくことなるのだから、
宗教で人種を分断することは、本来は無理がある。
東欧から中東、さらにエチオピアにまでユダヤ教徒がいて、
同じ「ユダヤ人種」だなんてことが言えるはずがない。
しかし、できないものを暴力的に線引きして、
分断するのが人種主義なんですよね。
ヨーロッパ系ユダヤ教徒が支配層である社会の中では、
アラブ系のユダヤ教徒は、二級市民として劣等感を植え付けられています。
そのためにとりわけ自分のことを「ユダヤ人」であると規定し、
マジョリティの側に同化しよう、上昇しようという心理が、
強い反アラブ感情を引き起こすことがあるのではないでしょうか。
自分の中にアラブ的要素があるからこそ、
ダブル・アイデンティティゆえに、
それをできるだけ払拭しようとして、
反アラブ、反パレスチナ感情が生まれるということがある気がします。
この本の中でも強調されていますが、
ドゥルーズやチェルケス、ベドウィンといったマイノリティの「民族」は、
もとはアラブ人ですが、
イスラエルに協力し、兵役の義務を負うことで、
立場が引き上げられることがありますから。
「分断して統治せよ」といいますが、
アラブ人を弱体化させ、効率的に統治するためには、
その団結を崩すことが、第一なんですよね。
ドゥルーズやチェルケス、ベドウィン、それからクリスチャン。
そうしたマイノリティは、徴兵の代わりに得られる権利がある。
逆にそれ以外の大半のムスリムは、
徴兵がない代わりに権利も与えられない。
例えば奨学金やローン、公務員就職や大企業就職枠など、
生活の安定に密接にかかわる権利です。
一方、ドゥルーズやベドウィンは、
アラブ人社会に通じているので、
占領地で最前線に立たせたり、アラビア語ができるので尋問をさせたり、
といった利用価値があります。
その代償としてユダヤ人の支配層に近いポジションを与えられる。
ですから、一般のムスリムからは裏切りと見られたりもする。
支配層は格差を利用し、分断統治を行うということです。
そして様々な種類の緊張と不満が、
イスラエルには燻っていると想像されます。