ヒトは論理的な動物です。

ただし、論理の展開は、本人の頭に中だけに限ります。


一般的には、”妄想”と言われます。

客観的には、非論理であっても、本人の頭に中ではつじつまが合うのです。


最近の例で、具体的に言うと

週刊誌的には、”年金テロ”とよばれた事件。


容疑者の供述にある

”家族(飼いイヌ)を殺された。

 だから、組織のトップを殺した”

というもの。


高級官僚の自宅および当時の組織状況についての調査力、

宅配便を装う犯行手順と

ギャップのある供述内容。

あまりに稚拙な犯行動機と綿密な犯行の実施。


ヒトは、そのギャップの説明のため、”何者かの教唆”をそのギャップに

埋め込んでしまうのです、しかも反射的に。


客観的に論理的でない事件に、論理を摘要しようとする。

事実を根拠としない”何者かの教唆”もやはり妄想ということです。



ここに、仮説検証による問題解決の限界があることを

ヒトの生理機能から理解し実践しなければ、

我々は、何度でも過ちを犯してしまう、と思います。