時計が、腕時計が欲しくなっています。今、会社にして行っているのは1種類のみ。それ以外は子供のおもちゃみたいな時計しかなくて、していく気にならない。この1本が、かみさんとお揃いで買ったシチズンのエコドライブ電波時計。一方で、同僚のみなさんがしている時計はというと、ウン十万をくだらない高級品がほとんどだ。
時々購読している雑誌に『プレジデント』というのがあって、高級腕時計の広告がこれでもかという位、掲載されている。偉くなる人は時計や身につけるものに拘るという事なのかも知れないが、これがどうもいけ好かない。何十万もする腕時計してたら仕事をしてても気になっちゃうよね。その時計に行動を制約されるシーンも出てこない?たとえば雨の日に外出がおっくうになるとかってあるよね?それが個人的にだめなんだよね。どこにでもしていけて、惜しげなく使えるのが良い時計だと思っちゃう。
私の電波時計は、一日に一度、電波を拾って時間を修正します。その真夜中の時間修正がうまくいったかをボタン一つで確認する事ができて、確認の結果を甲乙丙で報告してきます。(実際はHML)そんな時計に人間らしさを感じてしまいます。私も一日に一度くらいは自らの行いを正したいけど、そうそう毎日はできません。まぁ、どこからも私の姿勢を正す電波は飛んでこないのですが、それでも、なるべく省みようという気持ちは捨てていません。さて、時計から帰ってくる御返事はと言うと「一昨日はうまく受信できなかったけど、昨日はうまくできたから心配しないで。」といった人間的な感じです。また、どこか余所から電波が飛んできてあり方を正してくれるというのも、日本人的で好感が持てます。どこかに絶対的な良いものがあって、それが日本のあり方を正してくれる。そんな期待が日本人には常にあって、新しい政党に政権を任せてみたり、アメリカ人にハッキリ言われたりすると「それが正しいのかな?」と思ってみたりするみたいですよ。それが日本人のひとつの特徴みたいよ。
という訳で、次もエコドライブ電波時計になりそうですが、機械式の高級品にも男のロマンを感じてしまい迷います。正しい仕組みを作って、その仕組の精度を磨きに磨いていくというのも日本人的でしょ?モノ作りのロマンでしょ?でも、いまひとつ主義が合わない気がするんだよなぁ。もう少し悩みます。