街場のメディア論 (光文社新書)/内田 樹
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 こんな本を読みました。また、内田樹って思った?まぁハマッテマスネ。


 この本は内田さんが教えている神戸女学院大学の2年生向けのキャリア教育の一環で、メディアを就職先として意識している学生への講義として行われた内容を本に書き起こすという手法で成り立っています。本にできるような濃い内容の授業をしてくれている先生がどのくらいいただろう?と自分の学生時代を振り返ってみたりしますが、それはまた別の機会に。


 まず、筆者は情報のプロであり、所属員の知性も高いはずのメディアが、一般大衆と同じ被害者の目線で報道することに違和感を表明します。そしてこの「被害者然とした態度をとった者が正義」という態度がクレーマーの発生といった社会の動きと無関係では無いといいます。一方で、この分からないフリを自己への批判をかわすのにも流用し始めているメディアが、メディアとしての仕事の中でも批判を避けるあまり自分の言葉を失ってしまっている点を指摘。こうして誰が報道しても同じ言葉ばかりを並べる事になり、それは裏を返すとメディアが自らを「私がいなくても誰も困らない」と喧伝するようなもので、メディアは静かに自殺しているのに等しいのだと・・・。


 また変化がないとニュースが生まれないのでメディアは変化を求め続ける存在であるという指摘も目からウロコでした。逆に変化を忌避する傾向がある官僚組織とは反発する存在で、現在目の前で繰り広げられている民主党の脱官僚だの、仕分けだの変化を呼び込む話題は、当然メディアからは持て囃される、メディアが飽きるまで。


 我々は多くの情報をメディアから得ているので、何が正しくて何が脚色なのか、こういった前提を知らないと惑わされるかも知れません。筆者の予想としては中規模メディアのみが生き残っていくとの事ですが、そういったメディアの将来像の心配よりも、メディアも政治も行政も自立できていない国なのだなと、そっちの方が気になったのでした。