たま子です。



急に寒くなりましたね

皆様お身体大丈夫ですか?





私の叔父が亡くなりました。

母の弟です。



 


86歳なので大往生です。




この叔父との思い出。




小学校低学年の頃

叔父はサラリーマンで

いけない事だけど

事業を立ち上げ

その事業所の住所を、姉の家(私の家)

にしていた。





なので

郵便物等や事務処理の為

よく家に来ていた。

 





当時

父に彼女がいることが発覚して

父と母のいさかいは絶えなかった頃。




子供の私はどうして良いかわからず

また自分が責められてるような

錯覚を覚えている。


 

深刻感はなかったけど

子供ってその状況を受け入れるんだと思う




 


叔父が来た事にも気づかない父母




私は玄関の鍵を開けに行った

当然玄関にはいさかいの声は響いてる。


 


叔父は

またか

みたいな感じだったけど






嫌だね
 

って一言。




玄関先で用事を済ませ


私に一緒に付き合って

って言って

電車に乗った。




うちは

この頃は父がお給料の半分しか

家に入れてなかったので

貧乏だった。 


  


靴下に穴があき親指が こんにちわ

していて

ゴムは伸び切って

今流行りのルーズソックスになってた。



運動靴も擦り切れ始めてた。





こんな格好で

電車に乗るのが恥ずかしかった。


これは中央線特急です





叔父はそんな事気づかない感じだったけど




ちょっと大きな駅で降り

駅ビルで靴下を買ってくれた

 

真っ白で

ワンポイントのリンゴ🍎の刺繍がしてあって

嬉しかったな。





そして

駅ビルではなく

駅から少し歩き



あるお店に着いた。




分厚い木の扉

そして暗い雰囲気。




小学校低学年の私には。

ヤクザの巣窟みたいに思えた。





叔父は

サラリーマンでもあり

事業主でもあり

ヤクザでもあるのか?



 

叔父は扉を開け

私は足がすくんだ。




でも

私が戸惑ってるのも気にせず

早く

こっちおいで

って



 

バーみたいな暗い店の

ボックス席に座って




店の雰囲気とは違い

メニューには

ナポリタンとか

焼きそばとか








その時、始めてナポリタン食べたの。









粉チーズもテーブルに乗ってて

チーズなんて家の冷蔵庫にはない。




まして粉チーズなんて洒落た物

ヨーロッパ人とか

大会社の社長さんちにしかないだろうし

という代物。





叔父さんタップリ掛けてくれた。




最初で最後のご馳走みたいだったな



薄暗い中のナポリタン

ピーマンと玉ねぎ、魚肉ソーセージが

入ってた。




なんか

美味しくてがっついた私を

叔父は

どう見てたんだろう?



その後

またもや、


店とは不似合なクリームソーダを

頼んでくれた。


画像お借りしました

 


シュワシュワして甘くて

美味しかった。



その時は

美味しかったのと

叔父さんはお金があるんだな💰
 


って思ったけど

  

大人になって

あの時の叔父の気持ちを思うと

恥ずかしい気持ちと

暖かくなる気持ちが錯誤する。






その後

叔父はド素人なので事業に失敗した。





そして

祖父母に多額のお金借りて



とうとう返す事は無かったらしい。





母はそんな弟とも仲悪くなり

祖母が突然死して

祖父を引き取って面倒看たのは母。

 



叔父はお金借りただけで何もしないと

親不孝者呼ばわりされた。




祖父の住んでた家も

兄弟姉妹を丸め込んで

財産独り占めした。  






と母は言ってるが




私には優しいイメージしかない。







丸め込まれた母達にも問題があるのよね。




でも

叔父はそれで借金返済出来た様子。

良かったよ🤭






誰にも死は訪れる。



30年以上も会ってないけど


叔父のあの優しさは

忘れられない。


 
 


そうやって子供は

心を育ててもらって大人になるんですよね






良い大人に育つか

やさぐれた大人に育つかは

今の大人しだい。




親だけでなく

周りの大人も子供を育てているんですよね






最期は

私も誰かにそんな想いをもたらせて

逝きたい。





そうなる様に生きたい!