古いゲームを見つけました。

「ジャングルパーク」


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欲求をキッカケに自由をポッケに

いたるところにある発見にでかけよう

どこをどう探したってストーリーも宝もないよ

君が旅するココロで楽しめばいいんだ

どっからはじめても どこへでもいってよ

 先週の金曜日、ブルガリア料理のランチを食べました。

雑色駅(ぞうしきえき)から五分くらいの場所にあります。

小さなお店ですが、綺麗で、食べたことのないメニューで楽しめました。

しかし、日本人の男の店員の表情は、ちょっと頂けませんでした。

めしがまずくなる表情とは、このことかと思うほどでした。

つまらなそう、不満ありげ、笑顔なし、あいさつがあるかないかわからない・・・

良い店に一番重要なのは、お客様を大切にする気持ちだと痛感しました。

そして、僕が好きな店は必ず味よりもお店の人が本当にお客様のことを思って心配りをしてくれることを思い出しました。

二回目なのに、「久しぶりですね」と声をかけてくれたり、

「おかわりどうですか?」と勧めてくれたり、

にこにこしながら、これおまけといってサービスしてくれたり・・・・

人の心のやさしさに触れた時、感動が生まれるのかもしれない。


オーナーシェフの最後の笑顔に救われました。

にっこりと笑顔で「ありがとうございました」といってくれました。

 
神楽坂を歩いていると「宮城道雄記念館」の看板があった。





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誰だろうとちょっと気になり、帰ってからググってみようと思い、忘れないように写真を撮りました。



・・・・・・・・

宮城道雄記念館のHPより



8歳で失明の宣告を受けた道雄は、生田流の二代中島検校(けんぎょう)に入門。


11歳の時、三代中島検校より免許皆伝を受け、師匠の「中島」の1字を許されて、芸名『中菅道雄』となりました。



家庭の事情で道雄は13歳の夏、朝鮮の仁川(現韓国・インチョン)に渡りました。昼は箏、夜は尺八を教えて一家を支えるのでした。14歳で処女作【水の変
態】を作曲、
この曲で伊藤博文に認められ、伊藤は道雄を上京させて後援することを約束しましたが、その直後に伊藤は暗殺され、この約束は果たされませんでした。



・・・・・・・



伊東博文と同じ時代の人で、8歳で失明し、自分の生きる道を筝に決め、11歳で免許皆伝となり、14歳で「水の変態」という曲を作曲している。



1930年36歳のときに「春の海」という正月によく流れる有名な曲をつくった。



水の変態








春の海









 何気なく聞き流していた曲でしたが、襟を正して聞き直す気持ちになり、素晴らしさに気付きました。





 ここで演奏されている楽器は、琴(こと)でなく正式には筝(そう)と呼ぶそうです。









 さきほどの看板ですが、すごくもったいないと思います。



こんな素晴らしい演奏、人物を「宮城道雄」を知っている人にはわかるかもしれないが、



知らない人にはまったく意味がなく、気にもとめず、知られる機会を失っているからです。



 多くの飲食店、お店、サービス業も同様な看板や、メニューを見かけます。



お店の人と会話を楽しむために、わざと情報を少なくしているときもありますが・・・。



もっと初めて訪れる人に対して親切であってほしいと思います。



認知心理学では、アフォーダンスという言葉があり、



環境やモノに備わったヒトが知覚できる「行為の可能性」を指し、



ユーザーインターフェースやデザインに応用されている。



 メニューにまったくわからない言葉が書いてあると「行為の可能性」が減ると思うのだが・・・。





なんか勉強みたいで怖くなってきた。



わからないことやわからない言葉が多くなってくると、行為の可能性が減ってくる。



すなわち、自分の生きる道が狭まると言うことなのか?



かといって、単に知っているだけでは道が開けるとは思えない。



今、自分がここにあることの意味を、



自分自身で見つけなければならない。