2011年8月25日訪問
二十歳の時、高田馬場で働いていました。
今回は仕事で下落合を回っていたので、久しぶりに高田馬場によってみました。
トウヨウというパチンコ屋が節電のため休業していたので、
店の前に自転車を置かせてもらいました。
僕の勤めていたビルは取り壊されなくなっていました。
昔の職場の向かいに昔からある「クスクス」というアフリカ料理のお店が残っていました。
懐かしく思いランチもやっていたのでここで昼食をとることにしました。
ランチは三種類。
カレー
シシカバブ(牛の串焼き)
アフリカ餃子とチキンのシシカバブのセット
今回は、アフリカ餃子とチキンのシシカバブのセットを注文しました。
珈琲とサラダがついて800円です。
お店の人にアフリカ料理のお店を開くきっかけを訊ねると、
24年前にこの店を始める前に、ニジェールで7年間コックをしていたそうです。
なぜ、ニジェールにいたのかを尋ねると、
当時ニジェールにはウランが取れることがわかり、
その採掘のために日本人が60人くらいいたそうです。
ニジェールから戻り、兄弟でアフリカ料理の店を開くことにしたそうです。
高田馬場の店の入れ替わりの激しさを話しました。
早稲田通りは、吉野家、マクドナルドも撤退するし、本当に店がすぐにかわります。
クスクスの入ったビルも隣近所も、1年持たずに替わるところが多いです。
ちょっと前はラーメン屋が多くでき、
最近は中国エステと雀荘が増えました。
二十歳の時、高田馬場で働いていました。
今回は仕事で下落合を回っていたので、久しぶりに高田馬場によってみました。
トウヨウというパチンコ屋が節電のため休業していたので、
店の前に自転車を置かせてもらいました。
僕の勤めていたビルは取り壊されなくなっていました。
昔の職場の向かいに昔からある「クスクス」というアフリカ料理のお店が残っていました。
懐かしく思いランチもやっていたのでここで昼食をとることにしました。
ランチは三種類。
カレー
シシカバブ(牛の串焼き)
アフリカ餃子とチキンのシシカバブのセット
今回は、アフリカ餃子とチキンのシシカバブのセットを注文しました。
珈琲とサラダがついて800円です。
お店の人にアフリカ料理のお店を開くきっかけを訊ねると、
24年前にこの店を始める前に、ニジェールで7年間コックをしていたそうです。
なぜ、ニジェールにいたのかを尋ねると、
当時ニジェールにはウランが取れることがわかり、
その採掘のために日本人が60人くらいいたそうです。
ニジェールから戻り、兄弟でアフリカ料理の店を開くことにしたそうです。
高田馬場の店の入れ替わりの激しさを話しました。
早稲田通りは、吉野家、マクドナルドも撤退するし、本当に店がすぐにかわります。
クスクスの入ったビルも隣近所も、1年持たずに替わるところが多いです。
ちょっと前はラーメン屋が多くでき、
最近は中国エステと雀荘が増えました。
知性と感性。
理性と感情。
頭と心。
頭ではわかっているのだけど、何か腑に落ちないことがある。
逆に、なんだかわからないけど、直観的に選ぶことがある。
さらに、自分では意識せず、無意識に選ぶこともある。
自分自身で自由に決めたと思い込んでいるだけで、
文化や教育、環境の制約を受け、先入観に惑わされていることがある。
自分自身と向き合うことで、自分自身の感情と欲と性向を知ることできる。
知性とは、知識でなく、ものの見方、考え方などの智慧である。
ちょうどコンピューターのOSみたいなもの。
いくら色々なプログラムやデータを入れても、
バージョンアップをしなければ、より良く対応することはできない。
ときには自分のOSを見直すことも大切だ。
感情は自分でコントロールできる。
自分の感情を他人のセイにして不機嫌になる人もいるけど。
不愉快な人に、自分の感情を自由にできる権利を渡す必要はない。
具体的に詳細にイメージできるものは実現できる。
自分のつくりだすイメージで感情もつくりだすことができる。
泣くから悲しくなり、笑うから楽しくなるとも言う。
イメージをつくりだすために祈りがあり、歌があるのかもしれない。
目的と目標という行き先が定まらなければ、たどり着くことはできない。
心を静め、自分自身と向き合う。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
感情が体をコントロールするように、
体も感情をコントロールすることができる。
何も考えないのではなく、自分自身と会話をする。
どうしたの?
何が好き?
何がしたい?
どうしたい?
それは何故?なんのために?
そして、いまなすべきことがわかったら
できることを優先順位を決めてやる。
実現するためには、どうしたらよいか、具体的に考える。
できない理由を考えるのでなく
自分の進みたい道が見えなくなったら、
何度でも立ち止まり、
周りを良く見て、いまどこにいるのか知り、
そして自分の過去をふりかえり、何を考えていたのか、思い出してほしい。
きっと自分の希望がみえてくる。
理性と感情。
頭と心。
頭ではわかっているのだけど、何か腑に落ちないことがある。
逆に、なんだかわからないけど、直観的に選ぶことがある。
さらに、自分では意識せず、無意識に選ぶこともある。
自分自身で自由に決めたと思い込んでいるだけで、
文化や教育、環境の制約を受け、先入観に惑わされていることがある。
自分自身と向き合うことで、自分自身の感情と欲と性向を知ることできる。
知性とは、知識でなく、ものの見方、考え方などの智慧である。
ちょうどコンピューターのOSみたいなもの。
いくら色々なプログラムやデータを入れても、
バージョンアップをしなければ、より良く対応することはできない。
ときには自分のOSを見直すことも大切だ。
感情は自分でコントロールできる。
自分の感情を他人のセイにして不機嫌になる人もいるけど。
不愉快な人に、自分の感情を自由にできる権利を渡す必要はない。
具体的に詳細にイメージできるものは実現できる。
自分のつくりだすイメージで感情もつくりだすことができる。
泣くから悲しくなり、笑うから楽しくなるとも言う。
イメージをつくりだすために祈りがあり、歌があるのかもしれない。
目的と目標という行き先が定まらなければ、たどり着くことはできない。
心を静め、自分自身と向き合う。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
感情が体をコントロールするように、
体も感情をコントロールすることができる。
何も考えないのではなく、自分自身と会話をする。
どうしたの?
何が好き?
何がしたい?
どうしたい?
それは何故?なんのために?
そして、いまなすべきことがわかったら
できることを優先順位を決めてやる。
実現するためには、どうしたらよいか、具体的に考える。
できない理由を考えるのでなく
自分の進みたい道が見えなくなったら、
何度でも立ち止まり、
周りを良く見て、いまどこにいるのか知り、
そして自分の過去をふりかえり、何を考えていたのか、思い出してほしい。
きっと自分の希望がみえてくる。


