こんばんは。せおっちです。

2026年6月、GitHub——世界中のエンジニアがコードを持ち寄る、いわばプログラミング界の総本山——が、地味だけれど象徴的な機能を足しました。

「1人が同時に開けるプルリクの数に、上限をかけられるようにする」。

プルリクというのは、ざっくり言うと「ここ直しといたよ、取り込んでくれ」という修正の提案です。世界中の誰でも送れる。善意のかたまり、のはずでした。

ところが最近、その提案箱に、AIが自動で吐き出した「とりあえず直してみた風」の雑な提案が雪崩れ込むようになった。GitHub自身がブログで、これは「ノイズを減らすため」だと言っています。AIが書いたプルリクも、ちゃんとこの上限の数に数える、と。

私はこのニュースを多摩川の土手で読んで、思わず立ち止まりました。

これ、私たちの机の上で毎日起きているやつだ——と。

AIは「作るコスト」を消した。でも、もう1つのコストは消えていない

ここ2年、私たちは魔法を手に入れました。

商品説明が10秒で書ける。メールの下書きが3秒で出る。提案書のたたき台が、コーヒーを淹れる間に1本できあがる。私は最強の面倒くさがり屋なので、この魔法に誰よりも歓喜した人間です。

でも、ひとつ、こっそり値札の貼り替えられたものがあります。

仕事には、ずっと2種類のコストが乗っていました。作るコストと、選ぶコストです。

昔は「作るコスト」が圧倒的に重かった。商品ページ1枚に半日かかるなら、人は半日ぶんの覚悟を持って1枚を作る。雑なものを100枚も作る体力なんて、そもそも無かったわけです。「作るのが大変」という事実が、知らないうちに品質の門番をやってくれていた。

AIは、その門番を解雇しました。

作るコストがほぼゼロになった瞬間、誰も気づかないうちに、もう片方——選ぶコスト——にぜんぶの重みが移ったのです。蛇口をひねれば、文章でも画像でもコードでも、いくらでも出てくる。私はこれを心の中で「生成の蛇口」と呼んでいます。ひねるのはタダ。でも、出てきた水が飲めるかどうかを確かめる係は、相変わらず生身の人間1人なんですね。

GitHubが上限をかけたのは、まさにこの「飲める水か確かめる係」が過労死しかけたからです。

レビュー地獄は、静かに、しれっとやってくる

ここで一度、私の体験を白状させてください。

あ……ありのまま、今 起こった事を話すぜ。

「私は AIで商品ページを量産すれば、作業が10分の1になると思っていた……が、気づいたら、AIが出したページの "確認" に、前の3倍 時間を吸われていた」。

な……何を言っているのか分からねえと思うが、私も、何が起きたのか分からなかった。

——これはジョジョのポルナレフという、衝撃を受けすぎて言葉を失うキャラのセリフ調なんですが、本当にこの心境でした。要するに、ツールで浮いたはずの時間が、別の場所でこっそり倍返しされていた、というだけの話です。

AIが出してくるものは、99%は「だいたい合ってる」。問題は、残り1%が、しれっと致命傷だということ。

価格を一桁間違える。売ってない色を「全5色」と書く。去年終わったキャンペーンを、さも今やってるみたいに書く。しかも全部、堂々と、自信満々の日本語で。

だから人間は、100枚ぜんぶを最初から最後まで読まされる。「たぶん大丈夫」が一番こわい。1%を見逃した瞬間に、それはお客様の手元で爆発するからです。

作る速度は10倍。確認する速度は、人間のまま、等倍。この差額を、誰かが静かに払っています。

それは「選別コスト」という名の、見えない年貢

私はこの、AI時代に新しく生まれた支払いを、勝手に選別の年貢と名づけています。

封建時代、民は米を作り、その一部を年貢としてお上に納めました。私たちは今、AIに文章やコードを作らせ、その一部を「どれが使い物になるか選ぶ手間」として納めている。蛇口の水が増えれば増えるほど、納める年貢も増える。実に律儀な制度です。

しかもこの年貢、決算書のどこにも載りません。

ツールの月額は経費として計上される。でも「AIが出した30本の中から、使えない28本を捨てる時間」は、誰の工数表にも書かれない。担当者の集中力という、目に見えない口座から、毎日こっそり引き落とされていく。

我が家には、この手の "見えない引き落とし" を一発で見抜く中央銀行総裁がいます。妻です。

先日も私が「AIで効率化できたから、空いた時間でまた別のツールを作る」と言ったら、総裁が静かにこう告げました。

「あなた、その "空いた時間" で、今までに何個 黒字を出したの?」

……金利の話をされると、めっぽう弱い。

EC現場の話をします。私は、量で殴って自爆した

抽象論ばかりだと胡散臭いので、自分の失敗を1つ。

私はEC運営を6年やってきました。中国輸入がメインで、トラブルあるあるは山ほどある人間です。

少し前、AIで商品ページを大量生成して、棚を一気に増やそうとした時期がありました。「100ページ作れば、確率で何個かは当たるだろう」。完全にギャンブラーの発想です。

中国輸入あるある——「安いから、とりあえず100種類 並べてみる」。これ、ド素人の発想なんですよ。本当に1つずつ売れるのか、小一時間 問い詰めたい(かつての自分を)。

結果どうなったか。

ページは確かに100枚できた。でも、1枚ずつ写真を直し、サイズ表記の誤りを潰し、AIが盛った「最高級」みたいな薬機法スレスレの言葉を消していく作業で、私は完全に溺れました。売上が上がる前に、確認作業で力尽きた。

しかも、私は業務改善にハマりすぎて、その物販を約1年半 放置していた人間です。受注から発送までは全自動で回っているので生きてはいけるんですが、「量で殴る」をやった棚だけは、今も中途半端なまま残っています。AIで増やした棚ほど、後で人間が掃除しに戻る羽目になる。

ばら撒くのは一瞬。片付けは、ずっと自分。

GitHubの上限は、未来の私たちへの "予告編" です

さて、話を総本山に戻します。

GitHubがやったのは、シンプルです。「書き込み権限のない人が、同時に開けるプルリクは◯個まで」と、リポジトリの管理者が上限を決められるようにした。AIエージェントが送ったぶんもカウントされる。ちなみに下書き状態のものは数に入らないし、信頼できる人は最大100人まで上限を免除リストに入れられる、という細かい設計もちゃんとあります。

つまり、ただ門を閉めたんじゃない。「入口で量を絞る」という発想に切り替えた。

これ、世界で一番賢い人たちが集まる場所が出した、ひとつの答えなんですね。「AIの生成物は、出口で全部レビューして捌くのは無理。だったら入口の数を制限したほうが早い」。

私はここに、これから来る波がぜんぶ詰まっている気がしています。

AIで何かを量産する仕組みを持っている人は、遅かれ早かれ、自分の手元に同じ「入口の門」を作ることになる。提案の数を絞る。生成の本数に上限をかける。"何本作ったか" ではなく "何本まともに通したか" で自分を計る。

ストア哲学のエピクテトスは、「自分の力が及ぶものと、及ばないものを分けよ」という意味のことを繰り返し説きました。AIにいくらでも作らせる力は、もう私たちの手の中にある。でも、それを全部 受け止めて選り分ける時間と集中力は、相変わらず私たちの力の外にある。

だとしたら、賢いのは、出てくる量そのものを自分で決めることです。

蛇口は、全開にできるからといって、全開にしなくていい。

持ち帰ってほしい、たった1つのこと

今日、机に戻ったら、ひとつだけ確かめてほしいことがあります。

「うちのAIが量産したもの、最後は誰が、何分かけて選んでいるか」。

その名前と時間が、すぐに出てこないなら——たぶんあなたの会社にも、決算書に載らない年貢を、こっそり1人で納めている人がいます。

私の会社では、その係は、だいたい私です(遠い目)。

だからこそ、これからAIを増やすときは、出口に人を貼り付けるより先に、入口に小さな門をひとつ置く。GitHubがやったみたいに。

量を出す力より、量を絞る勇気のほうが、これからの本当の生産性になる。

……まあ、こんな偉そうなことを書いている私も、今日もまた "5分サボるために5時間かけて" 新しいツールを作っているわけですが。

その門も、ちゃんと自分に向けて立てておきます。多分。

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書いた人:せおっち。EC(楽天・Amazon)を自分でやりつつ、AIエージェント/AI業務改善ツールを提供しています。

参考:[AIによる雑なプルリクに上限を。GitHubが新機能(Publickey)](https://www.publickey1.jp/blog/26/githubai_1.html) / [How pull request limits are cutting down the noise(GitHub Blog)](https://github.blog/open-source/maintainers/how-pull-request-limits-are-cutting-down-the-noise/)

最終更新:2026年6月