“私はどうなってもいい…” というM女… | “誰か助けて…” ん? いいよ…S男でよければ…

“私はどうなってもいい…” というM女…

dogkiss


『私はどうなってもいいのです。。。』

こういった言葉は時おりM女から聞かれる言葉だが、
この言葉を聞くと胸が“キュッ”っとする事がある。


さて… ここで一体何に“キュッ”っとするかが問題だったりする。
一応判らない人の為に書いておくが、その“キュッ”には2種類のものがある。
一つ目は『ウッシッシ…好きなだけバンバンと痛めつけてやる~!(或いは、好きなように淫らに扱ってやるぅ!)、S度全開!ウッシッシ~(笑)』といういわゆる…ウキウキ喜んでしまう“キュッ”(笑)

或いは…2つ目、
“私はどうなってもいい…”と、そう思う事で自分をなんとか保っているM女自身を感じ、そういう自分である事でやっと自分を許してあげられる…そうある事で自分という存在になんとか価値を見出している…逆にそうなければあるがままの自分に価値を見出せないでいるそんなM女の心の内を感じて心がきしむ“キュッ”…

“キュッ”とするのはそのどっちかだ。

私? 
私はそりゃお前…どっちもだよ。
なんたって私はスケベな変態野郎だから“ウッシッシ”ってのが無いと言ったら絶対ウソになる(笑)。
なにしろスケベな男だし…なによりS男だ。
好きなようにする(笑)。
でもねぇ…

“私はどうなってもいい…”

その言葉の裏にはいわゆる自分を罰し自分を痛めつける事でしか自分の存在を許してあげられない、そんな思いがあったりする。そうやってでしか“安堵”を得られないでいる心模様があったりする…
まるで何かを求めてあがいていて、自分でもそれが何か判らず外面では決して見せない涙を心の中で溜め、声にも出せない助けを呼ぶ悲鳴のような感情が…あったりする。

時おりそんな思いに触れると胸がキュんキュンする。
ただサディスティックな感情だけに支配されていてそれ以外は持っていない人間ならそこらへんはどうでもよくて、相手なんて誰でもよくただ自分の乾いたノドを潤すためだけに嬉々として女をイジメて責めてスケベにも乱暴にも痛めつけたりするんだろうから…それの方が単純でいいなぁなんて思えたりする。
けれどなまじ2つ目の“キュッ”を感じるアンテナなんかを持ってたりすると時々胸がキュッキュしてタマランわい…。


罰が欲しければ罰してやる。
痛みが欲しければ痛めつけてやる。
淫らに責めて欲しければとびっきり淫らにいやらしく“コレデモカ”というほどその味を味わわせて責めてやる。 モノとして扱って欲しくば何者でもないただの“モノ”としても人形としても扱ってやるし、見て欲しければ穴があくほど見まくって嘲笑って欲しくばとんでもなく嘲笑ってやる。
ただ好きなように思うとおりに扱ってやる。
“お前がお前であるその存在の意味を与えお前の存在の価値を思い知らせてやる”
そんな思いが浮かぶ。。。


でもふと気づいたが、
それはまるで大事な生徒の為にと実は優しいクセに生徒にはやけに厳しく接する愛情深い先生の感情に似ている所があるかもしれないなどと思ったりもするが…

けど…だからといって大事な生徒をオモチャにもしてしまう先生がいい先生な訳ないんだからやっぱりS男って人種はただのスケベな変態だな(笑)


ただ…
たっぷりと思い知らせてやるそんな時に感極まって涙を流したりする女性もいるが
終わったあとその涙に濡れた頬にそっと手のひらを添えながらまるで犬の頭を優しく撫でてやるように髪を撫でてやるそんな瞬間や…その時M女が見せる安堵の表情が実はとっても好きだったりするのは…それは私がまだまだアマッチョロイS男って事だな…


チッ…だらしない  (←ナニが?)