学問芸術の発祥の地が、地中海沿岸地域や中東地域に多いのは単なる偶然であろうか。
例えば、北方民族は、原始的な狩猟民族社会であり、食料の備蓄ができなく、土地はやせて
農耕民族的階級社会は存在しなかったといえる。世界恐慌(1929年)以前に活動したソースティンヴェブレンの著書である「有閑階級の理論」の中では、頻繁にbarbarian cultureという語が
でてきます。これは直訳すると、野蛮文化という事になりますが、要するに英米の商業文化の
意味であり16世紀の英国では、海賊行為で有名なフランシスドレークに貴族の称号まであたえていた
歴史的事実もあり、こういった北方民族的な掠奪行為を揶揄してthe barbarian cultureと命名
していたのだろう。
また、キリスト、ユダヤ、イスラム教の三大聖地が中東地域のエルサレムに集中しているということは、有史以前は肥沃な土地であり、高度な文明を形成した階級社会が存在した事実とは、無縁ではない。狩猟民族は、部族ごとに活動し、食料を求めて転居していくから統一国家の必要性がない、それに反して、農耕社会は定住化して統一した階級社会を構成していくから、下層階級が存在し、この人々を救斉すべく宗教が出現していったと思われる。
以上、学問芸術が発生していく要素としては、豊かな農耕社会があり、貧しい者が共存する階級社会であること。またそれらの犠牲による有閑階級の政治的文化的活動が旺盛であること
が見受けられる。
