北京オリンピック男子上位4人に対する、アンナ・コロブコワ(以下A.K.)氏の採点は、非常に厳しいものでした。

 

ネイサンに対しては111点、鍵山選手に対しては54点、宇野選手に対しては79点、羽生さんに対しては1.15点、公式記録より低い点数を付けました。

 

棒グラフにするとこんな感じです。

 

あまりの差に、羽生さんのファンですら、真面目に採点していないと思う人もいたようです。アメリカ人に対する偏見とか、羽生選手を推す気持ちが強すぎるから等の理由による偏った採点ではないかと。

私も最初、ちょっとびっくりしました。でも、丁寧にA.K.氏の採点とその説明を読んで納得しました。

そして何故これほどに点差が大きくなったのか、整理してみたいと思いました。

 

上の表中の赤字は採点差、つまりISUによる得点からアンナ・コロブコワ氏+ウクライナ人匿名ジャッジ(A.K.+U.J)による得点を引いた点数です。その採点差が、エレメンツとPCSにどのように配分されているのかを見たのが次の表とグラフです。

 

円グラフの直径は、ISUと(A.K.+U.J.)の点差の大きさを表しています(比例)。

 

ネイサン、鍵山選手、宇野選手とも点差は、ジャンプの割合が一番大きいです。特にネイサンの場合、A.K.氏が減点した得点の半分をジャンプが占めています。それ以上にジャンプの割合が大きいのは宇野選手です。

 

ジャンプの減点

 

何故こんなに、ジャンプの割合が大きいのか。

A.K.氏は回転不足に対して非常に厳しいのです。

彼女は、「ジャンプとは、離氷した時から着氷した時までの動作である」という、至極まともなジャンプの定義に従っているのです。

離氷した時から着氷した時までの回転を見て、回転が足りているかいないかを判断しているので、プレロテのある選手はプレロテの角度を差し引きます。だから、着氷で回転不足がないように見えても、ばしばしと「<」を刺しまくるのです。

 

A.K.氏は離氷の瞬間と着氷の瞬間の写真を重ね合わせて不足角度を計測しています。

 

もちろん、このレベルの厳密な判定を現在のISUのテクニカルに求めることは出来ません。

ISUのルールでは、着氷についてはスローでビデオ再生することが出来ますが、離氷については通常速度での再生しか出来ません。

 

いつの日か、AIによるテクニカル判定支援が出来るようになった暁には、離氷した瞬間から着氷した瞬間までに回転した回転の角度をリアルタイムで計測してくれることでしょう。

 

ネイサンは、SPで3つ、FSで5つ、公式にはなかったq、< ないし<< をもらいました。それで基礎点が5.61点下がりました。

鍵山選手は、FSで1つ、公式でのqから<になりました。2.10点の基礎点減点。

宇野選手は、SPで4つ、FSで8つ、公式にはなかったqまたは<をもらいました。19.17点の基礎点減点。

羽生さんは、FSで公式にあった4Sのqが取れ、公式になかった4T+3Tの4Tにqがつきました。基礎点の減点は0です。

 

さらにGOEです。

ネイサンのジャンプに、ISUは平均でGOE素点で+3.2を付けました。A.K.氏によるGOE素点の平均は-2.1です。

ISUの平均GOE素点が+3.2というのは、つまり+4以上のGOEももらっているということですが、一時期に比べればおとなしめであると言えます。ネイサンのジャンプが以前より目に見えて質が低下しているということだと思います。

2019年のGPFでのネイサンのジャンプは、助走の長さと音楽無視を別にすれば、着氷もきれいだったように記憶しています。でも今回のオリンピックのジャンプは、結構着氷に失敗してよろけたり、ごまかしたりが目についた気がします。

 

また、q(90度回転不足)、<(90度以上180度未満回転不足)、<<(180度以上回転不足)が付くと、GOEはそれぞれ-2、-2〜-3、-3〜-4の減点になりますし、90度以下(A.K.氏によれば70度以上の場合)でも、-1の減点になります(ISUルール)ので、回転不足がコールされれば、それだけGOEも減点されます。

 

さらに、ネイサンのジャンプは「非常に良い高さと幅」がありませんので、+4、+5は付けられません。

 

その結果A.K.氏によるネイサンのジャンプの採点は、GOEだけで50.76点、基礎点とGOEを合わせると56.37点、ISUより低い点になりました。

 

鍵山選手の場合は、回転不足は、ネイサンや宇野選手よりも少ないですが、着氷エッジの間違いをA.K.氏はいくつものジャンプで指摘しています。SPでは3つのジャンプ全て、FSでは4つのジャンプで、インサイドエッジ、またはフラットエッジでの着氷とされました。間違ったエッジ着氷は-1から-3の減点です。

私は、常々、鍵山選手の着氷に首を捻っていました。何が良くないのかは分からないけれど、美しくない、つまり良くないことはわかる。見た目、失敗していないし、回転不足でもないが、着氷した瞬間に何か力みがある、と感じていました。

羽生さんの着氷で見られる、自然な流れ、無理のない流れ、美しさがないのです。

こういう着氷は腰などへの負担が大きいのではないかとも思っていました。でも日本人の解説者は、きれいな着氷です、などと言うので、混乱していました。

今回、着氷エッジが正しくないというA.K.氏の指摘を読んで、そうなのかもしれないと納得した思いでいます。ISUのテクニカルが、こういう点を正しく指摘してあげられれば、選手に取っても良いことであり、成長に繋がるのに、もしかしたら選手寿命も延ばすのに、と残念な思いでいます。

 

鍵山選手のジャンプは、基礎点2点、GOE20点、合わせて22点、A.K.氏はISUより低く採点しました。

ISUのGOE素点平均は2.7、A.K.氏のGOE素点平均は0.4でした。

 

宇野選手の場合は、とにかく回転不足が指摘されました。SPで4つ、FSで8つ、公式にはなかったqまたは<が付きました。15本のジャンプのうち、12本が基礎点またはGOEで減点の付く回転不足。

宇野選手のジャンプはとにかく低い。高さが無いということは、それだけ滞空時間が短い。滞空時間が短いのに4回転ジャンプを着氷しているということは、回転速度が速いか、跳び上がる前に回っているということになります。

回転速度は、それほど速いとは感じない、少なくともネイサンほど速いとは思わないので、離氷前の回転が多いということなのだと思います。海外のスケートファンがよく宇野選手のプレロテ検証動画をツイッターに上げていますが、そういうことなのだと思います。

今のISUのテクニカルの技術では、プレロテを判定出来ませんので(スロー再生が出来ない)公式の判定が間違っていると言うことはできませんが、ジャッジにしてもプレロテに気づくジャッジはいないのでしょうか。

もっとも、宇野選手のジャンプのISUによる平均GOE素点は+0.8点ですので、ネイサンと比べれば、ジャッジも、宇野選手のジャンプは評価していないと言えるかもしれません。プレロテの回転不足でGOEを下げてはいないが、高いプラスもつけていない。A.K.氏によるジャンプの平均GOE素点は、-3.3点です。

 

羽生さんのジャンプに対して、A.K.氏はISUよりGOEを4点低く採点しています。平均GOE素点にして、ISUが1.2のところ、A.K.氏は0.7です。

言うまでもなく、今回羽生さんのジャンプのGOEがこれほど低いのは4Aと4Sの2回の転倒(どちらも-5)と、SPの4S無効(穴にはまっていなかったら+5級のジャンプだったことでしょう)のせいです。2つの転倒以外のジャンプに関して言えば、ISUのGOE素点平均は+3.1、A.K.氏の平均は+3.0でした。

穿った見方をすれば、たとえば、ISUのテクニカルやジャッジたちが、私や多くの人が疑っているように、羽生さんの優勝を阻止して、ネイサンを勝たせなくてはいけないという指令を受けていたとします。でも、羽生さんがSPで4Sを不運にもポップし、FSで4Aと4Sを転倒したことによって、これ以上下げる必要が無くなったと感じ、圧を逃れ、自由に、素直な目で評価することが出来たのではないかと、思うのです。

一方、A.K.氏は他の3選手と同じ基準で厳しく採点した、その結果ではないかと。

 

 

スピン

 

ネイサンに対しては、「フィギュアスケートには存在しないポジション」「基本姿勢がない」と言う表現が何度かありましたが、私にはどの姿勢のことかよくわかりませんでした。多分そのことによって、レベルが下がっているのだと思います。

ISUとA.K.氏の点差は、BV2.80点、GOE5.62点、合わせて8.42点。

ISUのGOE素点平均は3.6、A.K.氏のGOE素点平均は0.6でした。

 

鍵山選手

音楽との調和の無さ、ふらつきなどを指摘しています。姿勢変更や足換えで苦労しているとも。

ISUとA.K.氏の点差は、BV1.30点、GOE5.69点、合わせて6.99点。

ISUのGOE素点平均は3.5、A.K.氏のGOE素点平均は0.6でした。

 

宇野選手

シットポジションの位置がおかしいこと(シットではなく中腰)が指摘されています。

キャメルスピンでは、腿が下がり、ふらついていると。

6つのスピンのうち、A.K.氏が+のGOEを付けたのは、1つだけでした。

ISUとA.K.氏の点差は、BV3.00点、GOE7.32点、合わせて3.73点。

ISUのGOE素点平均は3.4、A.K.氏のGOE素点平均は-0.4でした。

 

羽生選手

SPの最初のキャメルスピンでフライングからの入りで流れてしまったことの指摘。

ISUとA.K.氏の点差は、BV0.00点、GOE-1.32点、合わせて-1.31点。

マイナスというのは、A.K.氏の方が点が高いという意味です。

ISUのGOE素点平均は3.5、A.K.氏のGOE素点平均は4.2でした。

 

 

ステップシークエンスとコリオシークエンス

 

ネイサン

ISUとA.K.氏の点差は、BV8.20点、GOE5.50点、合わせて13.70点。

ISUのGOE素点平均は4.3、A.K.氏のGOE素点平均は0.0でした。

BVの差が8.20点というのは、SPのStSq、FSのChSqを無価値としたためです。

SPのStSq無価値の理由として、「フィギュアスケートのステップとは、0.5秒以上続くものでなくてはならないが、ネイサンのそれはそうではない」「全てがフラットエッジで行われている」が挙げられていました。

FSのChSq無価値の理由は、「リンクカバリッジが1/3に満たない」「2回のランジとバウンドで構成」でした。

ただし、コレオグラフィックシークェンスが「氷面を十分に活用したものでなければならない。この条件が満たされない場合には無価値となる」というのは、2013-2014シーズンまでのルール(p.4)のようで、今のルールでは「氷面を十分に活用している」は、GOEプラス項目に移行しているようです(2020-2021シーズンのLODとGOEのp.9)。

したがって、ネイサンのChSqをこの理由で無価値とすることは、今のルールではできません。

一方、「ランジ」と「バウンド」は、コレオグラフィック・シークエンスに含まれるリストには入っていないので、こちらで無価値にしたのかもしれません(テクニカル・ハンドブック2021/2022版、p.6)。

 

鍵山選手

ISUとA.K.氏の点差は、BV4.20点、GOE4.29点、合わせて8.49点。

ISUのGOE素点平均は3.9、A.K.氏のGOE素点平均は0.7でした。

鍵山選手は、FSのChSqを無価値とされています。

理由として、「2回のスプレッドイーグルの他は何もない」。

私には、一回のイーグルと小さなジャンプ、あとはただ走り回っているだけに見えました。

ルールには、「シークエンスがはっきりと分かるものでなければならない」とあります。コレオに含まれる技が連続して繋がって構成されてこそ、コレオシークエンスなのでしょう。

 

宇野選手

ISUとA.K.氏の点差は、BV5.60点、GOE4.83点、合わせて10.43点。

ISUのGOE素点平均は4.2、A.K.氏のGOE素点平均は0.7でした。

ステップではフラットエッジが指摘されています。

ChSqは無価値でした。1つのスプレッドイーグルだけではシークエンスにならないということでしょう。氷面のカバー率が低いことも指摘されていますが、これは前述のように、今は無価値の理由にはならないです。

 

羽生選手

ISUとA.K.氏の点差は、BV0.00点、GOE-0.81点、合わせて-0.81点。

つまりA.K.氏の採点の方が高かったです。

ISUのGOE素点平均は3.9、A.K.氏のGOE素点平均は5.0でした。

本当に非の打ち所のない、胸を打つ、これ以上ないStSqとChSqでした。そのことをレベル4とGOE満点で評価してくれて、とても嬉しかったです。

かつてネイサンの止まってじたばたするコレオにISUが満点付けるのを見たときは、悪夢かと思いました。羽生さんの北京でのコレオやステップこそ、フィギュアスケートの美しさ、魅力を表現していると思います。

 

 

PCS

 

ISUとA.K.氏との採点差は、ネイサンが33点、鍵山選手が17点、宇野選手が6点、羽生さんが-1点。

ネイサンのPCSは、ISUが平均9.68、ウクライナの匿名ジャッジが7.48

鍵山選手のPCSは、ISUが平均9.41、ウクライナの匿名ジャッジが8.30

宇野選手のPCSは、ISUが平均9.25、ウクライナの匿名ジャッジが8.85

羽生さんのPCSは、ISUが平均9.17、ウクライナの匿名ジャッジが9.22。

 

羽生さんのPCSは、シリアスエラーをきっちり取られているので、ルール遵守の立場であれば仕方がないのだろうが、どうにも納得いかないです。

特に、SPの4Sについては、穴に遭遇したこともバタフライジャンプになったことも、エラーとは言えないし、50点でよいはずだと、A.K.氏は主張してました。私もそう思います。

FSでは、転倒が音楽的表現や、世界観を全くくずさなかったどころか、結果的ですが『天と地と』の世界を表すのに非常に相応しかったとも解釈できます。羽生さん自身も、謙信の人生と重ね合わせてそう述べていました。

 

あと、4A転倒からの起き上がり直ちにチェックは、ローマン・サドフスキー選手の「全てが洗練されているんだ。転倒するときでさえ、上手く転倒するんだ。」と言う言葉を思い出しました。かつては、カート・ブラウニングに「ミスしたら起き上がるのに何兆年ってかかるでしょ」と言われた羽生さん(2012年当時)が、すごい成長です。

 

とにかく、シリアスエラーのルールによって、PE(パフォーマンス)とIN(音楽の解釈)が8.75というのは、全く受け入れがたいと思いました。

 

シリアスエラーの導入は、元々欧州選手権で転倒があっても10.00が付くことが頻出したことが原因だったとやまぽんさんのブログで拝見しました(元凶はハビだったんかい💦)が、そもそもはジャッジに対する信頼の無さから生まれたルールですね。

 

ネイサンのPCSが7点台、鍵山選手、宇野選手のPCSが8点台ということについては、以前の記事でも述べましたが、本来あるべき点数なのではないだろうか、という感想を持ちました。

 

先日、ツイッターで、2019 ISU Global Seminar - Referee Development and Promotion - Program ComponentsのYoutubeが話題になっていました。

講師の述べている内容を聴いたら、正しいSSが何か、よいTRとは何かが、わかる。羽生さんのスケートこそが、高いPCSに相応しい。ISUのジャッジは何故この動画を見ないのか(あるいは見ても無視するのか)。というような呟きが見られました。

私はまだ動画を見ていないのですが、PCSをどう採点するのかの指針が示されているようなので、見てみたいと思います。英語を聴き取れるかどうかが心配です。

 

このYoutubeを見たら、PCSについても、何となくではなく、拠り所のある感想を持てるかもしれないと思いました。