新聞の記事で、教員が足りない。なりたい学生がいない。就職活動が本格化する前に教員になりたい学生を募るみたいなことが書かれていた。

また、不足しているが故に正式な資格を持たない臨時免許の教員が増えて、質の低下が懸念されているとも。

その被害者の1人の保護者として言いたい。

中学免許を持ち、小学校免許を持たない臨時採用の教員は、高学年の教科担任制を取り入れている学校に配属してください。

学級運営に関わるためにはその学年の子どもたちの発達段階をきちんと学び、対応方法を理解しなくては無理だということをもっと上の人間が理解してください。

現場で問題が起きたら学期途中でも交代させてください。


昨年の夏前、元担任がひどすぎたこと、本来小3で学ぶべきことはなんなのか知りたくて、指導要領と教員採用試験のテキストを古本屋で買った。

大学時代途中まで教職課程を取って(中学高校しか取れないけど)いたけど就職活動の時期と教育実習期間が被るので断念した私。塾の講師や家庭教師の経験もあり、教えることに興味もある。


採用試験の問題をみると、多岐に渡り知識が必要なことが分かる。

すごく勉強して覚えて受かるものなのだろう。


でもね。大事なのは現場。目の前の子供との向き合い方。その教員の言葉のチョイスや子どもに対する気持ち。愛情とまで言わないけれど少なくとも子どもに興味が持てる人間か否かを見て欲しい。

西洋教育史、確かに大切かもしれない。ルソーとかフレーベルとかペスタロッチとかの教育論、学んで損はないだろう。

でも、現場に出て、その大昔の教育論の知識、子どもにどう役立つのか?


・・・無駄だと言いたいわけではなく、知識より質を見て教員を採用してもらえないのかなと。公立小学校の学習は、大卒ならほぼ誰でも教えられるでしょう。でもどんなに頭が良くて有名な大学卒でも、子供の話を聞き、その学年の子に応じた対応をし、一人一人の子供と向き合えるかどうかは筆記試験では測れないはず。

採用試験で、指導案を作り模擬授業をしたり、実技試験もあるのだろうけれど、そこにもっともっと重きを置いて欲しいし、逆を言えば、西洋教育史を知らなくても、子どもが大好きで子供の成長を嬉しいと感じらことのできる心がある人に教員になって欲しい。


西洋教育史に恨みがあるわけではなく、例え話だけどね。。。

新聞を読みながら、そんなことを思った。


ただ、以前から言っているけれど、息子の病気の原因は9割私だと思っている。

担任は1割。もしかしたらそれ以下かもしれない。

この担任がトリガーを引いたので発症したが、

少しでも幼いうちで良かったと思うことにしている。