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聖書を読んで示されたことを記しています。礼拝でしたメッセージや聖書の学びの内容も載せています。

 90歳で出産。常識では考えられないことを、不可能を可能にするのが主なる神様の業です。アブラハムの妻サラが89歳の時、3人の天使が夫アブラハムに現れ、「来年の春、・・・あなたの妻サラには男の子が生れているでしょう」と告げた時、サラは心の中で冷笑(創世記18章12節)しました。神様はその生まれてくる子に「イサク」(”笑う”という意味)と名づけるように言われました。一年後、その通りに妊娠出産し、「神はわたしを笑わせてくださった。」(創21:6)と「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を共にしてくれるでしょう。」と、サラの笑いは明るい大喜びの笑いへと変えられたのです。

 しかし、笑ってばかりはいられません。この夫婦がイサクが生まれる約14年前、神様の約束を待てずに、当時の常識的なやりかたで、アブラハムに奴隷のハガルを与えて、子供を産ませた事実は残り、甚大な影響を及ぼします。おそらく、ハガルとその息子イシュマエルにとって、イサクの存在は笑いをもたらさなかったでしょう。ハガルはアブラハムの後継ぎはイシュマエルだと思っていたのにと、母親の思いは息子の行動に反映するのではないでしょうか。イサクの乳離れの日の祝(およそ3歳)に、17歳にもなるイシュマエルがイサクをからかっていたとだけ、記されています。どのようにかは不明ですが、その様子をサラが見て、夫アブラハムにこの親子の追放を迫ります(9-10節)。この提案はアブラハムにとって非常に辛かったことでしょう。原文直訳は「このことはアブラハムの目に非常に悪かった。彼の息子のために」。「アブラハムはこの息子が不憫であったから、(サラの)この言葉は実に不愉快に感じられた」(『旧約聖書Ⅰ(机上版)』、創世記21:11、岩波書店)とも訳されますので、アブラハムは息子であるイシュマエルを愛し、追い出すことにどうしても同意できなかったと思われます。

 すると、そこへ神様が介入されます。神様は、イシュマエルに対しても彼の将来とその居場所を保証したうえで、サラの言うことを聞くようにと、悩んでいるアブラハムに言われました。そこで、アブラハムは神様の言う通りに、この親子に食料と水を持たせて去らせたのです。そして、荒野で二人は水もなく、死を待つしかない絶望状態において、神様は二人を助けてくださいました。そして神様の約束通り、イシュマエルは荒野で育ち、一つの民族の祖先となります。 

 サラという女性をこの記されているストーリーだけをみると、美しいけれども、かなり冷酷・意地悪な印象を持ちます。しかし新約聖書では、彼女は神様の大きな恵みを受けた女性として、また神への信仰に生きた女性として「信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです。 」(ヘブル人への手紙11章11節)と記されています。神様は、優秀な人、善人、性格の良い人だけをご自身の計画にお用いにならず、欠点がある人、失敗をする人であっても、神さまの恵みにより選ばれ、用いてくださるようです。私たちも、神様の忍耐深さ、慈愛にすがりつつ、約束なさった神様は真実な方であると、そこに希望を持って、日々歩んでいきたいと思わされます。