それでも生きる -3ページ目

それでも生きる

主人の不貞から鬱発症。
離婚への道のりと自分の気持ち。

同居しながらの調停は疲れます。

それはゲスがそこにいるストレスと共に

どんな証拠でも隠しておかなければならない、

どんなに腹が立っていても表してはいけないと言う事も加わって来ます。

 

嫌でもゲスを家に置いたまま出掛けなければならない事もあります。

その間に家捜しされたらこちらの手の内を明かしてしまう事になります。

必然的に私の荷物はどんどん増えて行き、いつしか大きな書類バックが二つになりました。

鈍感お花畑住人のゲスにどれくらいの注意力があったかはわかりませんが

どこに行くのも大きな荷物を常に持って出掛ける姿は普通ではなかったと思います。

実家に預ける事も考えましたが実家が必ずしも安全だとは思えなかったので、ゲスの知らない、そして当初から相談に乗って貰っていた友人に預かって貰う事にしました。

これでつかんでいる証拠をゲスに奪われる心配はなくなりました。

 

次に闘わなくてはならなかったのは自分の感情でした。

自分が処方されている睡眠薬や抗うつ剤を食事に混ぜてやりたい衝動もありました。

草花の毒について調べたり。

そうとう病んでました。

当たり前ですが、やりませんでしたよ。

病んでると当たり前、なんてありませんけど。

 

ただただ、母親が殺人者で被害者が父親なんて

どれほど子供にとって悲惨な状況か。

子供にこれ以上の傷を負わせてはいけない。

それが私に一線を越えさせなかったのだと思います。

 

もう一つのゲスにぶちまけてやりたい感情との闘い。

これもしんどかったです。

嫌みの一つもいってやりたい。

己のバカさ加減を知らしめてやりたい。

義両親に対しても

嫁を責める前に己の息子の悪行を知ってから言え!と思ってました。

それでも言わなかったのは全てが勝つため。

子供の将来の為にも、私には負けると言う選択肢はありませんでした。

一時の感情で全てを無駄にしてはいけない。

それだけを念仏のように唱えて。

 

精神的には無理があったんだと思います。

夢の中でゲスや時には義両親に大声張り上げて罵った事など数知れず。

いつもその声で目が覚めていました。

まぁ睡眠薬を飲んでいるので、ゲスや子供には何を言っているかわからなかったようですが。