ぱらぱらと捲って、すぐに見つかった。大譜表の見本を挟むようにして落書きが描かれている。どうやら、
ピアニストと、
ハーピストらしい。
ヒョロヒョロした描線でテキトーに描かれている。
(なんか、可愛いらしい絵だな…)
講義の間に眠気を堪えながら描いたりしてたのだろうか。残りのページをチェックしたが書き込みといえばこれだけで他には有益な情報は何もなかった。
(ま、いっか、可愛いし)
その後届いた他の本には有益な情報があったので、学習計画は順調に進み始めた。私は時々この落書きを眺めるようになった。よくよく見ると、これは鉛筆ではなくボールペンで描いてあるのだった。
(わざわざ消せない画材で落書きするなんて、凶悪なやつだな)
さっきも言ったが私は基本的には本に書き込みをしないし傍線は引かない。本には。
まあ参考書ならありかな、教科書にはずいぶん落書きをしたものだ。
私は前の所有者に対してやや寛容な気持ちを持ち始めたので、ピアノのレッスンの際に先生にこの落書きを見せた。
「見てくださいよ、この落書き。可愛くないですか、これ」
「あ、ほんとだ!かわいー!」ピアノの先生は丸く可愛らしい瞳をキラキラさせてヒョロヒョロした落書きをご覧になって、ふと真顔になった。
「ていうか、この絵、じゅんちゃんのじゃないの?」
じゅんちゃんのじゃ、ないの???
その一言が耳に入った時、私はあまりの衝撃に、思わず反射的に否定した。いやそんなわけがない。
「でも…これ、じゅんちゃんの絵みたいだよ?…なんていうか、この、タッチ?描いてる線の感じとか…」
そう言われてよく、ほんとうによく、見直してみると、たしかにその通り。他人の絵というには、この落書きは私の絵に似過ぎている。
さっきまでの小馬鹿にしたテンションはどこへやら、私は自分に対する疑念がむくむくと湧き上がってくるのを抑えつつ無言で絵を見つめるしかなかった。私の絵かもしれない。
レッスンのあと、一人になって落ちついて考えてみる。そもそも「コード進行法」と「楽典」が家にあったのは、独学でギターを始めた20代の頃にコードって何?ってなって「楽典」買ったらあんまり和声のこと載ってなくて「コード進行法」を後から買ったからだ。
その後、演奏五級取る勉強始めるときにR先生に言われて黄色い楽典を買った。
それから引越しの時に…
(たしか、楽典2冊もいらねーわって、売る本の中に一緒に入れて業者さんに引き取ってもらった気がする…)
まさか、それが、この本なのか?
そうしてじっくり絵を見ていると、なんとなく、どうしてピアニストの弾くピアノのかたちがこんなトイピアノみたいなのかとか、この線を描いた気持ちとか、そういうのがじわじわと遠い記憶の底から立ち上ってくるのだった。私の絵だ。





