ヒプノセラピー2回目
え~と、今回はちょっとシリアスです。
ホントはけっこう暗いの、アタシ。
セラピストのカウントダウンとともに暗闇の中を降りていく。
洞窟のようなところにいる。ゴツゴツした岩肌。
天井が高く、広く、明るい。
コンピュータがたくさんあってたくさんの人が立ち働いている。
何かの基地のようだ。
中をぐるりと廻って階段を昇っていく。
お日様の陽を浴びているように明るい。
光の中に吸い込まれていく。
白い光に吸い出されたのは宇宙のようだ。
周りを見ると、仲間がたくさん一緒に宇宙遊泳を楽しんでいる。
宇宙服など着ることもなく。
クルクル廻ってみたりみんな楽しそうに流されていく。
無数の星屑のように、白い帯のように天の川のように。
「その仲間たちの中に、今知っている人はいますか?」
セラピストに尋ねられたが、知った顔はない。
あまりの数の多さに、ひょっとしてこれは受精する前の精子たち?などと思っている。
あとで考えると精子の一匹一匹(?)に魂があったらえらいこっちゃ、と思うのだが。
そうしているうちに、また大きな白い光の中に吸い込まれていく。
気がつくと、そこは薄赤い柔らかなファブリックに囲まれた部屋の中だった。
ほんのりと明るく温かく、居心地がいい。
ふかふかしたソファでうたた寝する女の子。
ハタチになるかならないかくらいの、まだ少女らしさを残している。
「ママが大好き」
「もっとここに居たかったよ」
その子はそう伝えてきた。
この子は自分なのかな、ここは母の胎内なのかもしれない。
そう思ったら涙が止まらなくなった。
母とは確執、というほどではないが、反りが合わない、というか、表面上はいい関係のように付き合ってきたが私とは分かり合えない、というあきらめに似た感情を持ってきていた。
私は我が強くて屁理屈をこねる扱いにくい子供だったようで、母はかなり持て余していたらしく全寮制の学校に入れようかと本気で考えたこともあったと聞いたことがある。
虐待とまではいかなくてもケンカして逆上した母によくぶたれたこともあった。
今にして思えば母なりに辛いことがあって、その矛先が私に向いてしまったんだろうなぁ、と理解できるし、恨んだりはしていないのだけど。
それでも胎内にいるときから、母に望まれて愛情を注がれてこの世に生まれてきたんだ、ということを実感して、涙が止まらなくなった。
そのあとにどんなヴィジョンを見たのか、憶えていない。
あとになってあの子は私自身ではなく私の3人目の赤ちゃんではないかと思えてきた。
もう8年も前、3ヶ月に入ったばかりで流産してしまった赤ちゃん。
男の子か女の子かもわからず母子手帳も申請する間もなくいなくなってしまった。
確かにこのおなかの中に存在していたのに。
妊娠したかも、と気づいたとき「失敗した」とおもった。
二人目の息子がようやく幼稚園に入って、やっと育児に一息ついたところだったし平日が休みの夫と二人で、子供抜きで出かける時間ができて楽しい時期だった。
仕事をする時間も増えて、それまで行けなかった展示会や仕入れにも自ら行けるようになってとても充実していた。
子供が嫌いなわけではないが、そんな時間を奪われるのが正直、いやだった。
生理が遅れているだけかもしてない、と通経作用のあるローズマリーの精油を部屋で焚いてみたりした(本来、妊娠初期には使ってはいけない精油のひとつ)
産婦人科で妊娠がはっきりして家族に知らせると、みんなすごく喜んでくれた。
夫も、子供たちも、姑も、実家の両親も。
そうして私はようやく新しい命を受け入れる気持ちになったのだった。
2回目の検診の時「赤ちゃんがあまり育ってないようなのでもしかしたら流産になる可能性も考えておいてください」と言われ、実際数日後に出血が始まってしまった。
「悪い夢であってほしい」と、祈るように思った。
病院に行くと「もう胎児は死んでしまっているので掻爬しなければならない」と聞かされた。おなかの中をきれいに掃除するのだと。
よくあることだ、とたまたま弱い細胞だったんですよ、と先生は言ってくれた。
自分の身に起きたこととは思えない、他人事のように感じていた。全然涙も出なかった。
翌朝夫に送ってもらい入院して、午後から手術を受けることになった。
夫についていてほしかったが仕事や子供たちが家にいることを考えると言い出せず「子供じゃないんだから」と自分に言い聞かせた。待っている間ひとりでちょっと泣いた。
吸入器をあてがわれ、数を数えるように言われて「1、2、3」というか言わないかのうちに意識がストンとなくなった。
手術が終わってから朦朧としながら気持ち悪くて吐いたような気がする。
意識が戻ってくるとお腹が痛くて痛くて、呻き声をあげていた。
隣のベッドのカップルが(堕ろしたらしい)ナースコールしてくれて座薬を入れてもらった。
夕食後、夫に迎えに来てもらって帰宅。2ヶ月くらいしたらまた赤ちゃんをつくっていいですよ、と言われた。
寝るとき悲しくなって泣いていたら夫が抱き寄せてくれた。
翌日からは何ごともなかったように、いつもの私に戻っていた。
妹か弟が生まれるのを楽しみにしていた子供たちの前で私が悲しそうな顔はしちゃいけない。
夫や姑だって、それでも私の身体を心配してくれているのだから。
流産なんてよくあることなのだから(実際4人に1人はするらしい。友人も何人か経験している)。
私は自分の悲しい気持ちを封じ込めてしまった。
そうしてこの2回目のセッションを受けるまですっかり忘れたつもりだった。自分がこんなにも悲しかったなんて、変なハナシだが全然気づいてなかった。
始めに妊娠を喜べなかったことで赤ちゃんに対して後ろめたい気持ちがあったのかもしれない。心の隅っこで流産を望んでいたことの罪悪感なのか。
このセッションから2年たって、いまだにときどき考えている。
セラピストは「あんまり考えすぎないように」と言ってくれた。
そもそも私はまず頭で感情を考えてしまうところがある。
「こんなことで怒るべきではないのでは?」
「よくあることなのに私だけ悲しんではいけないんじゃないかな」とか。
もちろん、大人なんだから感情のままに泣いたり笑ったり怒ったりしちゃいけない場面があるのは当然だ。
私の場合、反応が遅いといっても過言でないのだ。
このセッションで、自分の感情を大切に、そして素直になろう、と思った。
セッション後、しばらくしてから夫(元)に同じ内容でメールしたら「しっかりしろ!いつまでも何を言ってるんだ!」と叱咤するメールが返ってきた。
私はいつまでも過去に囚われてウジウジしているわけではない。
そのときの気持ちをシェアしたかっただけだった。
「ああ、そうだったんだね、僕も悲しかったよ」って。
わかってはいたけど「この人とは永遠に平行線だな」って改めて思った。
ホントはけっこう暗いの、アタシ。
セラピストのカウントダウンとともに暗闇の中を降りていく。
洞窟のようなところにいる。ゴツゴツした岩肌。
天井が高く、広く、明るい。
コンピュータがたくさんあってたくさんの人が立ち働いている。
何かの基地のようだ。
中をぐるりと廻って階段を昇っていく。
お日様の陽を浴びているように明るい。
光の中に吸い込まれていく。
白い光に吸い出されたのは宇宙のようだ。
周りを見ると、仲間がたくさん一緒に宇宙遊泳を楽しんでいる。
宇宙服など着ることもなく。
クルクル廻ってみたりみんな楽しそうに流されていく。
無数の星屑のように、白い帯のように天の川のように。
「その仲間たちの中に、今知っている人はいますか?」
セラピストに尋ねられたが、知った顔はない。
あまりの数の多さに、ひょっとしてこれは受精する前の精子たち?などと思っている。
あとで考えると精子の一匹一匹(?)に魂があったらえらいこっちゃ、と思うのだが。
そうしているうちに、また大きな白い光の中に吸い込まれていく。
気がつくと、そこは薄赤い柔らかなファブリックに囲まれた部屋の中だった。
ほんのりと明るく温かく、居心地がいい。
ふかふかしたソファでうたた寝する女の子。
ハタチになるかならないかくらいの、まだ少女らしさを残している。
「ママが大好き」
「もっとここに居たかったよ」
その子はそう伝えてきた。
この子は自分なのかな、ここは母の胎内なのかもしれない。
そう思ったら涙が止まらなくなった。
母とは確執、というほどではないが、反りが合わない、というか、表面上はいい関係のように付き合ってきたが私とは分かり合えない、というあきらめに似た感情を持ってきていた。
私は我が強くて屁理屈をこねる扱いにくい子供だったようで、母はかなり持て余していたらしく全寮制の学校に入れようかと本気で考えたこともあったと聞いたことがある。
虐待とまではいかなくてもケンカして逆上した母によくぶたれたこともあった。
今にして思えば母なりに辛いことがあって、その矛先が私に向いてしまったんだろうなぁ、と理解できるし、恨んだりはしていないのだけど。
それでも胎内にいるときから、母に望まれて愛情を注がれてこの世に生まれてきたんだ、ということを実感して、涙が止まらなくなった。
そのあとにどんなヴィジョンを見たのか、憶えていない。
あとになってあの子は私自身ではなく私の3人目の赤ちゃんではないかと思えてきた。
もう8年も前、3ヶ月に入ったばかりで流産してしまった赤ちゃん。
男の子か女の子かもわからず母子手帳も申請する間もなくいなくなってしまった。
確かにこのおなかの中に存在していたのに。
妊娠したかも、と気づいたとき「失敗した」とおもった。
二人目の息子がようやく幼稚園に入って、やっと育児に一息ついたところだったし平日が休みの夫と二人で、子供抜きで出かける時間ができて楽しい時期だった。
仕事をする時間も増えて、それまで行けなかった展示会や仕入れにも自ら行けるようになってとても充実していた。
子供が嫌いなわけではないが、そんな時間を奪われるのが正直、いやだった。
生理が遅れているだけかもしてない、と通経作用のあるローズマリーの精油を部屋で焚いてみたりした(本来、妊娠初期には使ってはいけない精油のひとつ)
産婦人科で妊娠がはっきりして家族に知らせると、みんなすごく喜んでくれた。
夫も、子供たちも、姑も、実家の両親も。
そうして私はようやく新しい命を受け入れる気持ちになったのだった。
2回目の検診の時「赤ちゃんがあまり育ってないようなのでもしかしたら流産になる可能性も考えておいてください」と言われ、実際数日後に出血が始まってしまった。
「悪い夢であってほしい」と、祈るように思った。
病院に行くと「もう胎児は死んでしまっているので掻爬しなければならない」と聞かされた。おなかの中をきれいに掃除するのだと。
よくあることだ、とたまたま弱い細胞だったんですよ、と先生は言ってくれた。
自分の身に起きたこととは思えない、他人事のように感じていた。全然涙も出なかった。
翌朝夫に送ってもらい入院して、午後から手術を受けることになった。
夫についていてほしかったが仕事や子供たちが家にいることを考えると言い出せず「子供じゃないんだから」と自分に言い聞かせた。待っている間ひとりでちょっと泣いた。
吸入器をあてがわれ、数を数えるように言われて「1、2、3」というか言わないかのうちに意識がストンとなくなった。
手術が終わってから朦朧としながら気持ち悪くて吐いたような気がする。
意識が戻ってくるとお腹が痛くて痛くて、呻き声をあげていた。
隣のベッドのカップルが(堕ろしたらしい)ナースコールしてくれて座薬を入れてもらった。
夕食後、夫に迎えに来てもらって帰宅。2ヶ月くらいしたらまた赤ちゃんをつくっていいですよ、と言われた。
寝るとき悲しくなって泣いていたら夫が抱き寄せてくれた。
翌日からは何ごともなかったように、いつもの私に戻っていた。
妹か弟が生まれるのを楽しみにしていた子供たちの前で私が悲しそうな顔はしちゃいけない。
夫や姑だって、それでも私の身体を心配してくれているのだから。
流産なんてよくあることなのだから(実際4人に1人はするらしい。友人も何人か経験している)。
私は自分の悲しい気持ちを封じ込めてしまった。
そうしてこの2回目のセッションを受けるまですっかり忘れたつもりだった。自分がこんなにも悲しかったなんて、変なハナシだが全然気づいてなかった。
始めに妊娠を喜べなかったことで赤ちゃんに対して後ろめたい気持ちがあったのかもしれない。心の隅っこで流産を望んでいたことの罪悪感なのか。
このセッションから2年たって、いまだにときどき考えている。
セラピストは「あんまり考えすぎないように」と言ってくれた。
そもそも私はまず頭で感情を考えてしまうところがある。
「こんなことで怒るべきではないのでは?」
「よくあることなのに私だけ悲しんではいけないんじゃないかな」とか。
もちろん、大人なんだから感情のままに泣いたり笑ったり怒ったりしちゃいけない場面があるのは当然だ。
私の場合、反応が遅いといっても過言でないのだ。
このセッションで、自分の感情を大切に、そして素直になろう、と思った。
セッション後、しばらくしてから夫(元)に同じ内容でメールしたら「しっかりしろ!いつまでも何を言ってるんだ!」と叱咤するメールが返ってきた。
私はいつまでも過去に囚われてウジウジしているわけではない。
そのときの気持ちをシェアしたかっただけだった。
「ああ、そうだったんだね、僕も悲しかったよ」って。
わかってはいたけど「この人とは永遠に平行線だな」って改めて思った。