『方舟』 夕木春央・著
綾辻行人で「おお、まだここまで出来るのか」と感動し、島田荘司で「とんでもない展開、でもこうでもしなきゃ新しいネタなんてないよね」と納得、そして京極夏彦で「へへ~」と(主にページ数に押し潰されて)ひれ伏した。が、その後も新たなトリックへの血のにじむような挑戦は続いているようだ。
流石にもうネタが尽きてきたのでは?と思うのだが、だからこそ挑戦したくなるのだろうか。日本の推理作家のトリックに賭ける情熱は今も熱く燃えているらしい。これだけ根強いクリスティー・リスペクトが今なおあるのは多分日本だけだろうと思う。他国では社会派とかヴァイオレンス系がメインでトリック重視の本格推理小説などあまり見かけなくなって久しい。クリスティーは依然として人気あるし本格派の需要がなくなったって訳ではなく、単にネタが切れて諦めちゃったんだろうね。本国イギリスに限っては今も趣を残してはいるが、それだって日本のガチなトリック崇拝には遥かに及ばない。
ということで、久しぶりに手にした一冊。
推薦の言葉の中に「推理小説を初めて読んだ時の感覚(が味わえる)」とあった。え?そうなの?ほんとに?
私が初めて推理小説に触れたのは忘れもしない小学三年生の時。当時童話が大好きで学校の図書館にある童話という童話を読み尽くした。で、もうないかと必死で探していて見つけたのが「魔女の隠れ家」という一冊。魔女とあるから童話だろうと思って借りたんだが、それが推理小説だった。新たな世界が開陳した衝撃の瞬間。その後憑つかれたように推理小説全集を片っ端から借りて読みまくった。クリスティー、クイーンといった推理小説隆盛期の巨星たちを順次知るに至った。自分だけ読んでるのがもったいなくてべらべら宣伝して回った結果、我がクラスで時ならぬ推理小説ブームが巻き起こった。
あれに似た感覚を再び味わえる?
期待する半面、いやそれは無理でしょ?との思いもあった。
結果は・・そうだね、確かに衝撃の結末ではあった。でも、「初めて推理小説を読んだ時の感覚」とは違うかな。
ストーリー:
あ、大雑把な説明だけで重要なネタバレはしてないです。
ですが、全く白紙で読みたい方はスルーがいいかな。
登場人物10名が人里離れた場所にある地下廃墟に不慮の事故で閉じ込められ、地下水の浸水で早晩溺れ死ぬ危機の只中、殺人事件が起こる。地下廃墟は三層からなる船を思わせる形をしており、方舟と呼ばれている。どうやら終末思想を持つ宗教団体により建設され、その後打ち捨てられたものらしい。聖書のノアの方舟伝説では洪水で世界が滅びる中、方舟に乗ったノア達だけが助かるのだが、皮肉なことにここでは方舟の中の者たちが溺れ死ぬ危機に瀕するわけだ。この発想の転換は面白いと思った。
謎解き自体とは直接関係ないのだが、誰か一人が犠牲にならなければ全員が救われないという時誰を犠牲にするのが正しいのかという論議があって考えさせられた。愛されていない者はより多く愛されている者の為に犠牲になるべきなのか?無論そんなはずないのだが、現実では結構そういう理論が適用されているように思う。
一人が犠牲にならないと残りの者が助からないという状況(ええ、そういう状況設定なんです)で、殺人犯人を見つけて彼に犠牲になってもらおうと猶予期間ギリギリまで謎解きに興ずる。この設定自体が違和感があり過ぎでどうしても感情移入できなかったのだが、前述したごとくそれは仕方ないのだろう。
そこそこ面白かったし、ラストもそれなりに衝撃だった。きょうび推理小説にそれ以上を求めるべきではないのかなと思う。
