エルトン・ジョンさんがショーの只中ネイサン名指しで五輪の演技を賛美してくださり話題になっているが、『小さな村の小さなダンサー』(マオダン)の御本人、世界に名だたるバレエダンサーであるリー・ツンシンさんも感銘を受けたとコメントされている、4年前と比較している事からもその場限りのお愛想じゃないのがわかる。

米SoIはネイサンにとって五輪凱旋公演という側面もあるのだろう。しかしあのシャイでストイックなアスリートの面影や今いずこ、観客を手玉に取って沸かせるいっぱしのエンターテイナーに変貌しちゃってるではないか。マジあんた誰?な世界アセアセ。試合でのネイサンは自分の内側に入り込む演技が多く観客とのコンタクトがないとか批判されていたが、「これぐらいで満足?え、もっと?」と言わんばかりのコンタクト放出大サービス。そう、ネイサンってやれば(何でも!汗)できる子なのにやり。先輩がほとんどの米国トップスケーター達を率いて仕切る団長振りも板についたもの。「流石五輪王者、素晴らしかった」という感想をあちこちで聞くが、同じフィギュアでも試合の彼とショーの彼では素晴らしいの種類が全然違うのでは?などと思ってしまう。ショーの強行スケジュールをこなしながらディズニーに行ったりショーに行ったりハーレム・ガラにも正装してVIP感満載のSoIチームを引き連れて登場、いやとんでもない密な世界線で生きてるなあせる。五輪王者は彼が初めてではないけど、彼ほど実り豊かに五輪の成果を刈り取った者は未だかつていないんじゃないかと思う。

 

こうして見ると四年前メダルを逃したのは天の配慮だったと改めて思わずにはおれない。平昌ではネイサン側の準備が全くできていなかった。優勝すればもちろん相応の注目はされただろうが、何にせよ今と比べて彼自身があまりに未熟で幼なかった、とても今回みたいな全方位的結実はなし得なかっただろう。おそらく一過性のお祭りで終わったんじゃないかと思う。平昌でこけてほんと良かったね、ネイサン!音譜

 

そこから派生して以前ちょっと話題になった、もし羽生君がソチで優勝出来てなかったら、というのにも思いが及んだ。

そうだ、もしソチで念願が果たせず4年後の平昌で初優勝というシナリオだったとしたら、彼も随分違った人になっていたのかも知れない。彼にはソチで時間が止まってしまったみたいな部分がある、それが阻止されるだけでも大きな違いになると思う。その世界線だと二連覇は出来ない事になるけど、そっちのほうが何十倍も実り豊かな人生に結びついたのではなかろうか。

 

何が運不運かは簡単には分らない。しかしたらればを言っても意味がないのも事実、現実を良しとして進むしかないんだけどね。