一度書きたいと思っていたしょーまの事、残り時間が少なくなってきたので書いてしまおう。(うまく描けるかな~
)
平昌以降の男子フィギュアは文字通りネイサンの独り舞台、虚空に輝く唯一無二の太陽だったけれど、その陰に付き添うようにもう一つの光が存在した。
それが宇野昌磨。
元々心根の良い子だなとは思っていたが、ここ数年様々な境遇を通過して、結果グッと腹の座ったいっぱしの男に成長した。器の大きさで今やネイサンに勝るとも劣らない、どころか優等生過ぎてちょっとつまらない感無きにしも非ずなネイサンより、人間としての魅力は数段上なんではとさえ思わされる。
平昌時の私は試合を見るのみで各選手の人となりにはあまり関心がなかった(もっと以前にはのめり込んでた時期もあるが)。最初に触れたと感じたのは、しょーまの「平昌で一番感動したのはネイサンのFS」という発言を聞いた時。自ら一角を担う日本ワンツー勝利をさておいて、なにそれ?と本当にビックリした。どんだけ無我なんだって話だよね?どんだけ悟ってるんだって話だよね!?って。彼のネイサンラブは有名(本人が明言してるんで)だが、それで浮き彫りにされるのは愛されてるネイサン以上にそういう風に人を愛せるしょーまの人柄だ。実を言うとネイサンの人間としての魅力を、私に最初に教えてくれたのもしょーまだった![]()
19年の仏杯決勝で、最後まで残ってネイサンの演技を観ていたしょーまの姿に胸を衝かれる思いだったのは私だけではなかろう。孤高の旅の只中で。かつて表彰台を分かち合ったネイサンも遠い存在になってしまったように思われたに違いない。しかしそんな中でも素直な心のまま、ネイサンから希望と力を得ようしていた。ここでも凄いのはネイサンではなく、しょーまの真っ直ぐでピュアな心の方。尊い。
そして、時満ちて、ランビエールコーチと運命の出会いを果たし、そこから流れが一気に変わった。「君を一番にしたい」とコーチに言われて、しょーまは改めてネイサンを思う。そして答えた。「多数クワドを装備しない限り(他の選手はともかく)ネイサンには勝てません」。
恐らく彼が初めて本気でネイサンに勝つことを考えた瞬間だったのではないだろうか。それまではネイサンへの敬意が強すぎるあまり勝てるとは思ってなかった気がする。と言うか、ハッキリ言ってしょーまの中で1番になること自体それほど執着するものではなかったような。だが、自分を信じ賭けてくれるコーチの為に、しょーまはネイサン打倒を決意した。
なんかこの流れ・・マジ凄くない?(笑)
で、その途上の答えが全日本での演技、4種5クワドへの挑戦だった。彼の心意気は間違いなくネイサンに伝わったと思う。
そして全米での血みどろの多種クワド合戦へと話は続くのだが、この背景を端的に読み取っている凄い記事があった。
太平洋を隔てて日米で繰り広げられる男同士の熱き闘い。ぎりぎりの限界でしのぎを削る選手たち。なんか切なくて読んでて泣けた。
全米後今や風物詩になった「採点ガー」キャンペーンが始まって、ああ1月も早や前半が過ぎたかと季節感に浸ってますが。これ、宇野ファンが言うのなら分かるんだけどね・・、羽生ファンに言われても、「おまゆう案件ですな」としか(はなほじ)。なのに文句言ってるのはほぼ100パー羽生ファンで、宇野ファンは概ね上述のピー様に似た反応。何かって言うと、フォーカスが点数ではなく演技の内容なんですよ。それぞれの推しがどこにフォーカスしてるかがそのまま反映してるんだろうね。ファンは推しの鏡、ファンは推しのオーラと言っても良さそう。全くブレないしょーまファンほんと凄い。
ネイサンがギラギラ輝く太陽(あのコスでイメージ定着
)なら、しょーまは月。二つの偉大な人格が同時に天空にある今は本当に稀有の時代だと思う。全くタイプが違う二人だが、素晴らしい共通点がある。場を多くの人々と共有できる能力だ。ネイサンの周りにもしょーまの周りにもそれぞれ個性豊かな仲間たちが集ってきて、刺激し合いながら成長している、老いも若きも一緒に。だからスポーツ全体の進化が凄い事になってる。29歳の4A、17歳の4-4!!(OMG!
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しょーまの言を信じるなら、二人はまともに会話したことさえないみたいなので親友とは言い難いかも知れない。が、お互いの気持ちを誰よりも理解できる特別な関係に違いないと思ってる。最高のライバル関係にあると。現役引退してそれぞれ別の道に行っても、人生を貫く永遠のライバルであって欲しい。
北京の結果がどうであろうともね。
やがて五輪はやってきて、結果が出て、過ぎてゆくんだろうけど、仮にこれが小説で私が作者だったら直前のここで筆を置きたいな(笑)
二人の未来に幸あれ![]()