善良なネイサンファンの思いはもっぱら彼の誕生日をどう祝おうかという方に向いているのに、選りによって今日こういう話を持ち出すダメファンの私です。
そもそもネイサンに関しては、私なんか足元にも及ばない熱心で知識豊かなファンが沢山おられる訳で、そういう方々のブログや呟きををロムするだけで私的には充分満足だった。一年前に発信し出した理由は、いよいよ羽生ファンのターゲットになる位置に到達してしまったネイサンのこれからが心配でたまらなかったという、それだけ。予想通りというか、予想を遥かに上回る香ばしい事態になってきて、その結果今も書き続けている次第。
そして、この1年間観察してきた結果、ファンの問題のみならず羽生氏当人の『問題』も少なからず見えてきて、それに対する『何故?』という疑問符が絶えず脳裏に付きまとうようになった。これが結構辛い。何故あんな言動をとるのか、どう考えても私の観点からは理解できない。しかも厄介なことに、私は理解不能な状況というのをサッと流せない性分なのだ。パラレルワールドまで持ち出してスルーする努力をしてきたが・・・やっぱり気になる。
そんな折「ああ、なるほどな~」とかなり納得させてくれる記事に行き当ったので、本日はそのご紹介がメイン。
こちらのブログ主様には常日頃から賢明なご意見が多く以前から注目させて頂いていた。自分にもこれくらいの落ち着きと洞察力があれば、とかなり羨ましく感じている。
この中の羽生氏に関する考察。
なんかスッと腑に落ちた。
彼の最近の主張である「高難度ジャンプが全てではない。伝統芸能の如く何度も繰り返すことで芳醇なワインやチーズの如く深い味わいが出てくる。そういうのを探求するのもアリではないか?」(注:意訳です
)自体は全く間違っていないと思う。しかしながら、それを勝敗を争う競技の範疇で行うのには限度がある。
高橋君、町田君、浅田さんがアマプロ両時代を通しそれぞれの信念に基づいて実現してきた内容を見れば自ずと答えがわかる筈。
羽生君に羽生君独自の貢献分野があることにも疑問の余地はない。
問題なのは・・(わかるよね)
彼がその理論を、ジャンプ技術で負ける相手に勝つための手段として考えてる事。
羽生君はフィギュアが好きなのではなく、フィギュアで勝つ事が好きなんだって、多分当たってる。
でもフィギュアはスポーツなんだよ。どんだけ人気があろうが魅力的であろうが技術で劣る選手が当たり前のように(例外はあっていいと思う)勝てるようになったらお仕舞いだ。
負けるのが絶対我慢できない選手が技術でライバルに太刀打ち出来ないと悟ったら、もう引退するしかない。全然難しい話ではない。
伝統芸能やら豊饒なワインやらはプロになって存分に追及すれば良い。なにが問題なの?
プロとして望むべきことを、一等賞がもっと欲しいばかりにアマチュア・スポーツでもアリだろうとゴリ押しするのか?
ヤバいのはそういう彼を賛美し同調する勢力がかなりいること。彼の望みを実現させる為にルールまで変更とか?それも今回が最初ではない、現行のルール自体既に羽生ルールなのに。(おお、いよいよ私も陰謀論者に・・
)
もしかしたら、彼はスポーツとしてのフィギュアを終結に導いた存在として歴史に名を残すのかもって思ったりする。
ああ、ネイサン御免m(__)m
21歳の誕生日おめでとう!![]()
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羽生君とは真逆で、ネイサンはフィギュアがスポーツであることを大方に示し、フィギュア界に新たな命を吹き込む事のできる選手だと思ってる。使命全うの道は険しいだろうが。
ま、無理し過ぎない程度に頑張って![]()
密かに応援してる![]()
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