NLPでは、価値(バリュー)をを重視する。自分にとって最も重要な価値を順に並べたり、その序列を変更したりするワークもある。人生における、ビジョンミッションを探求していく上でも、価値は重要になってくる。
ディルツのニューロ・ロジカルレベルでは、信念と並んで、アイデンティティの次の階層にある。

●価値とは?
そもそも価値とは何であろうか?
価値とは、よいか悪いか、望ましい・望ましくない。素晴らしい・素晴らしくない、当為:すべき・すべきでない、などを表すものである。個々人が持っている価値の体系が「価値観」となる。
辞書的では、「どれくらい大切か、またどれくらい役に立つかという程度。またその大切さ。ねうち。」とある。
英語では、バリュー(Value)となるが、その定義を見ると、日本語の「価値」とほぼ同義である。
経済的な観点では、価値は価格に置き換えられる。金額によってその度合いを量る。これが経済学である。数字で表すのは様々な利点がある。どちらがどのぐらい価値があるのかを比較するときに数字があると計算しやすい。しばしば、あるものは、Priceless、無限の価値、金銭的価値には置き換えられないという表現をするときがある。特に精神面における価値は金銭では量れない。

●価値と信念の関係
信念(X=/→Y)は、価値は述語(Y)が「よい」「悪い」になる信念の一種であるが、ニューロ・ロジカルレベルでは、別物として扱われ、同じレベルで表現されているものの、価値観の方が信念よりも深いレベルにあり、価値観を変えれば、信念体系が変わるとされている。

●回避される価値と目的となる価値
本来、後者の方を価値と呼ぶものだが、「価値がないもの」を表現することがある。NLPではこれを回避される価値とする。例えば目的となる価値が「誠実」であるとするなら、回避される価値は「不誠実」となる。このどちらを用いるかは、それぞれの人の志向性によって異なる。同じように見えるが、マイナス面をなくしていくか、プラス面を伸ばしていくのかの違いである。回避される価値に意識を置いていると、消極的というか後ろ向きに歩んでいるような感じになるため、目的となる価値に意識を置くように推奨される。

●社会的な価値と個人的な価値
価値には、集団・社会が望ましいとするものがあり、しばしば個人の価値と拮抗するときがある。社会的な価値は「義務」や「規範」となって現れる。今自分が持っている価値が、自分の本心にある価値なのか、それとも他人から押し付けられた価値なのかを区別することが必要になる。
自分の本心にある価値に従って生きることが、人生の満足度を決めることになる。個人の価値に従うことは強制された感覚ではなく、統一感をもたらす。「義務」や「規範」に従うことが、安心・安全をもたらすのに対して、個人の価値に従うことは、満足をもたらす。

●価値と意味・意義との違い
しばしば、同義で用いられる。辞書的な「意味」ではなく、これは意味がある、意味がない、というふうに、対象の価値を論じるときにである。多くの場合、誰にとっての意味なのか、という点に注意する必要がある。

何か不幸に出会ったとき、精神的な苦痛を感じた場合でも、その出来事に「意味」を見出すと、苦痛は軽減される。

●価値の対象
価値のある物、価値のある人、という言い方をする。自分にとって大切な人や物は、その人にとって価値が高い。何らかの利益をもたらしてくれるから価値が高い、といえる場合もあれば、その人の存在そのものが価値がある、という場合もある。
一方で、「価値のない人」と表現されるような人もいる。それは、仕事上、社会上で、代わりの利く人、害を与える人、働かない人は価値がないとされる。社会的な価値で量ったもので、集団や社会の存続にとって役に立つかどうかで判断される。昔や今でも一部の国であるような、身分の上下があると、身分が下のランクの人は価値がないとされる。
そして、自分自身が役に立っていない、価値がないものと見なすようになると、無価値感におそわれることになる。

●価値の拮抗
自分の中で複数の価値があって、互いに相反する場合がある。例えば、「みんなと繋がること」という価値観と「一人の時間を持つこと」という価値観は相反する。そうなると、その二つの価値観の間で葛藤が起きる。価値観の序列が明確になっている場合は、片方の価値を満たすことを優先するが、明確になっていない場合は、行動の決定に躊躇したり、片方の価値を満たしたとき、もう一方の価値が満たされずに自分の中で不満がくすぶることになる。

●価値の序列
NLPでは価値の序列を設定するワークがある。自分にとっての価値を列挙し、それらを互いに比較し、どちらが重要かを決定し、一番から順番に並べていく。しばしば順番が決められないときがあるが、それは別の言葉で表現されているものの、同じものを指していたり、包含関係にあったりする。もしくはその二つの間で葛藤がある。その場合は、葛藤を解消するための「パーツ・インテグレーション」などのワークを行うとよい。

●価値の序列の変更
何がより重要かは、人それぞれ表象コード化される方法が異なる。より重要な価値観が上に来る人もいれば、逆に基盤ということで下に来る人もいる。近くと遠く、内側と外側、あるいは大きさでコード化する場合もある。自分がどのようにコード化しているのかを知ったら、表象を操作することで価値の優先順位を変更することができる。例えば、「健康」という価値観が「お金」よりも下にある場合、健康を害してでもお金を稼ぐことを優先してしまうかもしれない。その場合、健康の序列を上に上げることで、つまり表象の中で健康のサブモダリティをより重要な場所に移動することで、健康を優先にすることが、日々の行動の中で難なくできるようになる。

●コンテキストの違い
仕事における価値と、趣味における価値は、別物になる可能性が高い。つまり価値はコンテキストごとに異なる。もちろん、いかなる場合でも同じ価値を持っているということもある。価値のワークを行う場合は、何のコンテキストにおける場合かを明確にしてから行う方がよい。

●価値と欲求の違い
欲求、要求、ニーズ、目標と価値との違いは何だろうか。欲求は得たいもので、価値は欲求を通じて得たいものである。それが何かと問うと上位目的として価値が見えてくる。要求やニーズも、具体的なレベルで表現されているときは、価値ではない。それを通して得たいもの、抽象的なレベルにおけるニーズが価値となる。目標も具体的なレベルであれば価値ではない。それを通じて何を得たいのかである。

●自己実現
マズローの言う自己実現欲求は、この価値に重きを置いていると言える。個人の持っている価値観に従って行動し、最大限に発揮する。そのため、自分が何に価値を置いているのかを自覚することが重要になってくる。

●価値=行動
ACT療法のラス・ハリスは、「価値」とは何かについて詳しく述べている。価値は欲求でも、目標でも、得たい状態でも、義務ルールでもなく、目指す方向であり、終わりのない進化のプロセス、どんな人間になりたいかの深奥の望みであり、自分自身がしたい「行動であるとする。必ずしもNLPで述べている価値やNVCで述べている「ニーズ」と一致するわけではないが、非常に説得力がある。

●根源的な欲求・動因
人を動かす根本動因が何なのか、心理学者や哲学者・宗教者は探究してきた。生存、幸せ、意志、意味、愛、自己実現、自由、解放などあるが、正解は突き止められていない。
人が何かをする目的は、多くの場合、突き詰めれば「幸せ」ということになる。しかし、人はしばしば大義のために、目先の幸せを犠牲にすることもある。そうすると、幸せよりも「価値」の方が、根源的とも言える。

●価値と目的・ステート(状態)との違い
動機・目的・意図を辿っていくと、最終的にはコア・ステートにたどり着く。一言でいえば「幸せ」だが、正確に言えば、安らぎ存在OK一体感といった状態である。このコア・ステートは何ものにも依存せず、最初から私たちの内側に備わっているのであり、それを得るために何かを達成する必要はない。私たちは錯覚により、外側にあるものを通じてコア・ステートを得ようとするが、実際は終始体験できるもので、ただちにそのものに入るだけでよい。

一方、価値は行動であって、ステートではない。コア・ステートにあるとき、欠乏欲求は満たされる。そこから、現れてくる行動が価値であり、存在欲求であり、自己実現や自己超越の根本にある。あるいは、コア・ステートがであり、そこから現れるものが慈悲、つまりということもできる。
欠乏欲求が満たされていない間は、価値はコア・ステートにたどり着くための、単なる手段になる。存在欲求に移行した段階で、価値は、それ自体が目的となる。何かの結果を得るための手段としての行動ではなく、その行動自体が目的となる。その価値から現れる目標は、ビジョンであり、ミッションとなる。これが手段となるのか、それ自体が目的となるのかは、その動機が欠乏欲求によるものかどうかに依存する。