上級ワークショップの後で・・・ | さぁてこの先 何をして楽しみましょうか

さぁてこの先 何をして楽しみましょうか

普通の主婦の私が「ここにいるだけで幸せ」
「すべてはうまくいっている」と思えるようになれるといいなぁ
そんなブログです

上級ワークショップに行ったので
日程順に書きたかったんだけど
最近気づいたことを とりあえず UP


私は劣等感の塊で
誰かに何か言われたら


私が悪いんだ

私がいやなことを言ってしまったんだ

私が嫌いなんだ・・・  と思ってしまう




私はスポーツサークルに入ってて
試合には4人で1チームで参加するんだけど
負け試合の時 「あそこはああしたほうがいい」などと
他の人からのアドバイスを 4人で聞いてても
「あ 私が下手だからそう言うんだ」・・・


おかしいよね
4人に「アドバイス」してるだけなのに
「私が」「文句を言われた」と変換して聞こえる


レベル的には こんな 最強 妄想レベルえっ




ワークショップの最後の最後で

「私はだめな自分を探していたんだ」と知り 涙汗


ダメな自分でいると何かメリットがあったんだよな


私の母親は  自分の気分で 叩いたり 怒鳴ったり
無視したり 不機嫌な態度をとる人だった

それがすごく怖かったんだと思う
恐怖を感じたくなかったんだと思う


恐怖を感じたくないから
「私がダメだから怒られるんだ」と
痛みをすり替えていた


ダメでいるメリット見つけた


叩かれた → 怖い → 怖さを感じたくない →
嫌いだから叩くんだよな
・・・・と 理由を探して恐怖を感じないようにすり替える



最悪なことに 嬉しいとか 楽しいなどの感情も
抑えてるみたい


嬉しいことがある → 嬉しい →
でも 嬉しいを感じてはいけない →
自分だけじゃないし とか言ってみるしょぼん

楽しいことがある → 楽しい →
でも 楽しいを感じてはいけない → 笑わないしょぼん



人に言われたことがあるんだ
「えっせさん 笑ってるのに
どうしてすぐ真顔になるの?」って

その時は分からなかったんだけど 今思うと
楽しさや嬉しさを感じてるのを知られるのが
嫌だったんだと思う


意味がわからん ヽ(`Д´)ノ


小学校の時 担任の先生が 家庭訪問で
「えっせさんはとてもしっかりしていて」 母に話してくれて
嬉しかったんだけど

母は 何か気に入らないことがあると
「あんたなんか全然しっかりしてないし」と言い
「先生の言葉に喜んじゃいけない」と思ったのかもしれない



母に楽しんでもらおうと 楽しかった話をした時
「朝からそんなに話したくない」と言われ
楽しませることが 出来なくて悲しかったな
(間が悪かったのでしょうね 汗

嬉しい感情も 楽しい感情も もったところで
母に褒められないし 喜ばせられない自分


だから 怖いという感情を感じないように
嫌だという感情を感じないように
嬉しいという感情を感じないように
楽しいという感情を感じないように

自分はだめなんだ
自分が悪いんだ
自分はできないんだ
といういろんなものを 探していたんだなぁ ┐( ̄ヘ ̄)┌

自分は感情を感じないようにしてることに気付いたのは
ワークの途中で うっと涙が溢れそうになったとき
これ以上感情が高ぶらないように
感情を抜きにして 棒読みで言葉を言い始めたから

客観的に自分を見たり
自分に知らん顔することができたんだ

重症だよ・・・・

いやはや これからどうしたもんかなぁ・・・・

感情を感じるにはどうしたらいいんだろう。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。