ふ・り・ん | えっせの自分探し

えっせの自分探し

日々の出来事、

好きなもの、

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熱中してること

などなど、好きなことを書きなぐってマス!

結構、こちらのブログでもそうですが、

検索ワードで

「不倫」

で、お見えになっている方がいらっしゃいます。

確かに、私がブログを立ち上げようと思った動機は、元夫の不倫です。

今となっては、なんとなく

「ああ、元夫は、私がとてつもなく怖かったんだろうなぁ」

と、思います。

元夫は、高卒で、しかも、普通科ではなく、手に職をつけて、すぐに仕事に

つけるような高校でした。

バブル時期真っ只中でしたから、高卒でも、引く手あまたの時代だったのです。

元夫の両親も、大学進学に関しては、これっぽっちも考えていない人達でした。

元夫がなにも将来について考えず、求人票を見て

「ここが給料いいから、ここにしよっかなー」

などとやっている時、わたしは必死になって自分の将来を考えていました。

心理学が勉強したいけれど、それでは食べていけない。

はっきりとしたビジョンがないから、受験勉強にも力が入らず、結局浪人生活へ。

けれど、両親の援助を受けるわけにはいかなかったので

新聞奨学生という、新聞屋さんで住み込みで働きながら予備校に行く生活を選択しました。

半年後、1人で生活していくには『手に職を!!』という考えにたどり着き

それまでの文系の受験勉強から、数学・物理・有機化学といった、全く訳のわからない

分野へと変更せざるを得ませんでした。

当然、予備校の先生からは猛反対されましたが、1人で生きていくためには

仕方ない選択だったのです。

意識を失っている間は、睡眠を取っているという状態を半年間続け

なんとか、薬学部に合格。薬剤師国家試験の受験資格を手にいれ

薬剤師国家試験に合格。

私と元夫とは、生きていくステージ自体が違ったんだと思います。

例えば、私が、タカノリさまの生き方に憧れて、まぁ、あり得ませんが結婚したと

しましょう(笑)

ところが彼は高卒どころか中卒ですし(笑)、クリエイティブの世界で生きる人です。

それこそ

『生きていくステージが違う』

のです。

そんな結婚生活が、続くわけがありません。

けれど、それでも結婚生活を幸せに送っていく人もたくさんいると思います。

私と元夫は、お互い、相手に嫌われて拒否されるのが怖くて、何も言えなかったのです。

どんどん、ストレスはたまっていく一方。

私は、彼よりは、彼のことを愛していましたし、法律を知っていた分、

スポーツなどでストレスを発散していましたが

元夫は、私が怖くて怖くて、何も言えなかった。

元夫が知らない世界をたくさん知ってしまっている私ですから。

そして、元夫は、自分の不安定な心を制御する方法も知らなかった。

だから、他の女性に逃げざるを得なかったのです。

元夫は、それでしか、自分の心を保護することができなかったのでしょう。

でも、問題はそれから先。

私がいくら強そうに見えるからって、人として、言ってはいけない言葉というものはあると思います。

タカシは、私を「女性」として二度と立ち上がれなくするような暴言を繰り返し吐き続け

自宅には帰っても来ず、帰ってきたと思えば、精液のついた下着をつけて帰ってきて

それを私に洗わせる始末。

ですので、申し訳なかったのですが、私は自分で習得してきた『知識』があったぶんだけ

元夫とは、戦わせて頂きました。

結局、あちらの知識があまりにも稚拙すぎて、戦いにもならず、私は慰謝料をもらい

離婚しました。

離婚って、どちらかが100%悪くて、起こるものではないと思うんです。

それだけ、今、伝えたくて、ブログしました。

ただ、もちろん私も人間ですので、はっきり思っていることを言います。

元夫が、できることなら、この世からいなくなって欲しい。

ふざけるな。

おまえは今、温かい部屋に帰って、ご飯を作ってもらって、ぬくぬくと新しい女に

甘えて暮らしていられるけれど、離婚後の女が世間のどんな目にさらされるのか

実感してみろ。

楽なほうに、楽なほうにへと、逃げてばかりいられることなんて、

あり得るのかな。。。