私は、生まれてこのかた、母親と喧嘩したことがありません。
私がカッとして言葉を発すると
「なにを生意気なことを」
「あんたはおかしい」
「普通じゃない。変わっている」
と決め付けられ、相手にもされず、その後、私の言葉に対しての嫌味が
延々と続くので、嫌になってしまい、何か自分の意見があっても、黙っていることに
慣れてしまいました。
だから、昨日、初めて「私」としての意見を言ったかもしれません。
「お母さんは、私なんて産まなければよかったんじゃないの?
私がカウンセリングを受けた、っていう話をした時も、おそらく嫌味しか言われないだろうとは
思っていたけれど、心の片隅で、もしかしたら
『あなたが自分の力で解決できない問題なら、相談してもよかったんじゃないの?』
っていう言葉を期待して、私はお母さんにカウンセリングを受けたことを話したの。
そうしたら、やっぱり
「そのカウンセラーの人も、この人、なんでこんな下らないことで悩んでいるんだろうって
思ってるでしょうねぇ」
って、言ったよね。
全然、理解なんてしてくれないよね。
私が小学生のとき、お母さんが忙しそうだったから、お皿を洗ってみたら
口先だけでは「まぁ、ありがとう。助かるわぁ」って私には言ったけど
その後、違う部屋に入ってから「ああやっておだてておけば、なんでもやるようになるでしょ」
って、言ってたよね。
私、聞いていたんだよ。
私に教育費をかけて頂いて、それだけは、感謝しています。
お金をかけて頂けなければ、私はこの資格を取ることもできなかったし、自活していくことも
できなかったでしょう。
だから、お母さんの老後の面倒を見るためにお金を貯めるのは私の義務だと思っています。
でも、たかがそれだけのことで、どうして私を産んだの?
私は、生きていたって死んでいたって、どうだっていいんでしょ?」
母から返ってきた第一声は
「あんた、病気なんじゃないの?薬飲んでるの?」
でした。
心配して言っているのではなく、「こいつは異常者だ」とでも言わんばかりでした。
「人と違うこと」は、生まれたときからいけないことだと教え込まれてきました。
「人と同じなのが普通なのだ」と。
では、今の私はなんなのでしょう?
精神病患者で、閉鎖病棟に隔離されるべき、人としての機能をはたさない人間なの?私。
どうして、私を産んだ親にさえ、私は「あんたはおかしい」と言われ続けなければ
ならないんでしょう。
おかしいの?私。
人と、違うの?私。
これだけ、日々色んな病気の人を救うお手伝いができればいいなと思いながら
自分なりに必死になって働いているけど、人として認められないの?
なんで、そんな私を産んだの?
直接、自分の意見も言わず、嫌味ばかり言う母。
あなたの嫌味を言う対象に、私は選ばれたの?