長い間仕事をしていて、企業が衰亡する際の〝兆し〟を感じるケースがしばしばあった。では、その兆しとは何か。

 第1に、やたら形式にこだわる。仕事の形式は、能率を上げるための梯子のようなもの。仕事が動き出したら梯子は無用。にも拘らず、形式の順守を神経質に呼号するのは、いつまでも梯子にしがみついているようなもの。

 例えば、ある企業では、必ず大きな声での挨拶を強調。理由は、「気合を入れるため」という、きわめて単純なもの。逆に言えば、気合を入れて仕事をしている社員には不要なはず。スポーツ団体じゃあるまいし、どーでもいい形式にこだわる企業だ。 

 第2に、やたら社員同士のいじめがある。だいたい、いじめが起きるのは、その企業がヒマだから。業績が伸びて仕事が忙しければ、いじめをしているヒマはないはず。また、リーダーの指揮監督がしっかりしていれば、社員が一つにまとまっているもの。

 例えば、ある企業では、一人の社員の服装や話し方に対して、難癖をつけてからかう雰囲気があった。その部署には牢名主のようなヤツがいて、いじめを扇動。その部署は全体から見ると、業績不振で皆が時間を持て余していた。何もすることがないから、退屈しのぎのいじめに興じていたのだろう。

 第3に、やたら会議が長い。会議自体は何も生み出さない。問題は、「何か」をすることなのに、のんべんだらりと会議が続く。しかも、会議のために使う資料づくりに追われる日々。これでは、会議のために出勤しているようなもの。

 例えば、ある企業では、火曜日に必ず全体会議があり、それが2時間以上。それだけの時間があれば、もっと仕事ができるはず。会議などは、必要な社員が必要に応じて、短時間でゲリラ的に集まり決定すればよい。

 第4に、やたらサービス残業が多い。こういう企業は時間にルーズなので、基本的に信用できない。時間内に仕事を完成できない連中の溜まり場。それに、就業時間を守れないということは、ルールを無視している。これでは、その企業の提供する商品やサービスも信用できない。

 例えば、ある企業では、終業時間が来ても皆帰ろうとしない。結局、いつも2時間以上もサービス残業を強いられる日常。人間は、ある時間が過ぎると心的飽和を起こし、作業効率が極端に落ちる。サービス残業で2時間かかる仕事は、出社後の30分程度で十分クリアできる。

 第5に、やたら離職者が目立つ。特に有望な、あるいは人望のある社員が去っていく。これは由々しき事態。人は、生活に必要な収入を得るために仕事をする。でも、それだけではない。その仕事に対する遣り甲斐を追求するために、粉骨砕身して職務に励むものだ。

 例えば、遣り甲斐というは、社会貢献に結びつく場合が多い。したがって、当初抱いていた社会貢献とは違う企業の方向性を感じたならば、その社員は去っていく。むろん、入社時の甘い考え方もあるが、あまりにもかけ離れていれば幻滅せざるを得ない。

 第6に、やたら数字をうるさく言う。もちろん、企業の業績は数字に現れる。でも、業績が向上しているときには、かえって数字のことは話題に上りにくいもの。数字そのものは、最上位の取締役クラスでの話題。それ以下の社員は自分の職責を果たすだけ。だから、のびのびと仕事をしている。

 例えば、ある企業では、業績が安定している頃には、社員間では仕事の内容を深め広げる話題に終始。ところが業績の悪化が知られるや否や、一転して数字に固執するギスギス感が全体的に瀰漫した。数字は手段にすぎないのに、それが目的になってしまった状態だ。

 以上の6点のうち、どれか1つでも当てはまっていたら、その企業は要注意。企業が衰亡する兆し。トップにいる人は、世直しならぬ〝社直し〟を断行するべきだろう。改革の大鉈を振るえるか否かは、そのトップしだいだ。