私は高校生のときから会社を退職するまで、通勤通学にずっと電車を利用していた。

そのため、駅のホームや駅構内での思い出はいくつかある。

 

それは私がまだ高校生だった頃の話である。

その日は雨で、私が駅まで利用していた路線バスが遅れてしまったため、いつも乗る電車に乗るには急がなければならなかった。

私はバスを降りると、猛ダッシュで走り出した。

駅の階段を上り、駅の改札口までもう少しと思った瞬間、

 

スッテ―――ン!

 

私は足元がすべり、思いっきり前かがみに転んでしまった。

床が濡れていたため、私は転んだ後もそのままうつぶせの状態で滑り続け、ある女性の足元でようやく止まることができた。

その女性、いきなり私が自分の足元に滑って来たせいで、すっかり固まってしまっている。

できればその女性に優しい言葉をかけてもらいたいものだが、その女性は黙って私を見下ろすだけであった。

あまりの衝撃に言葉も出なかったのかもしれない。

世間は冷たいぜ!

 

転んだとき強打したヒジは、青アザができるほど痛かった。

でもそのときは、痛みより恥ずかしさの方が勝っていたため、私はすぐに立ちあがると、何事もなかったように改札へ向かった。

死ぬほど恥ずかしかったが、転んだ場面を目撃したのは、どうせ私のことなど知らない他人である。

それがせめてもの救いだ。

と、思ったら、なんと中学時代の同級生が私を見つめているではないか。

その同級生と仲が良かったのならいい。

でもそいつ、顔は知ってるものの、話はしたことはないという、中途半端な間柄であった。

今までそいつを駅で見かけたことなんてないのに、なんでよりによって私が転んだときに限ってここにいるのだ。

頼むから、さっきのことは見なかったことにしてくれ。

 

転ぶほどのスピードで走ったおかげで、私は目的の電車には乗ることができた。

でも例えその電車に乗り遅れることになっても、転ばない方が良かった。

もう雨の日は、絶対駅で走らないぞと心に誓ったのは言うまでもない。

 

その後学校へ向かった私であるが、転んだ際に打ったヒジは痛むし、制服は汚れてしまっていた。

ブルーな気分で歩いていると、同じ高校の友人に出会った。

「実はさっき駅で転んじゃってさー」

駅での出来事を話したところ、それを聞いた友人は予想通り大笑いした。

友人に笑われたことで、私の気分は晴れてきた。

こういう場合は1人で抱え込むより、誰かと分かち合った方が、精神衛生上いいのである。

まだ打ったヒジはジンジン痛かったが、今朝のことは忘れて、前向きに生きていこうと私は決心した。

 

そして、学校に到着。

すると、会う友人、会う友人、みんな、

「今日駅で転んだんだってねー!」

と言って大笑いする。

どうも途中で会った友人がみんなに言いふらしているらしい。

友人達よ、どうせ笑うなら、私が転んだ場所で笑ってほしかった。

もう笑わなくていい。

 

次は、私が予備校へ通っていた頃の話である。

予備校へは、上野駅で乗換えをして通っていた。

上野駅は、すぐそばに上野動物園があり、駅のホームや構内をハトが我が物顔で飛んだり歩いたりしている駅である。

私は上野駅を歩くときに、そのハトが気になり、いつしかハトを追いかけたり、ハトを踏み潰すまねをして遊ぶようになっていた。

 

その日も思う存分ハトをいじめた私は、乗る電車が来るまで、いつものようにホームのベンチに座って待つことにした。

ベンチに腰掛け、持っていたバッグを膝にのせた私が見たものは……

何これ――!

持っていたデニムのバッグに、ハトの糞がベットリこびりついてる!!

その糞は直径3センチはあろうかと思われた。

もうビックリするほど巨大な糞である。

 

ハトの糞が頭に命中した話は、友人から聞いたことがある。

それも立ち直れないほどショックだが、頭は洗えば落ちる。

それに比べ、この私のバッグにこびりついた糞はどうこすっても落ちそうにない。

ハトめ、私が一瞬の恥には慣れていることを知っていたのか、後々までダメージの残る「物」に狙いを定めて攻撃してくるとは…。

私の性格を知り尽くしていたのか?

頭悪そうな顔してるくせに、あなどれんやつ。

その日から、私がハトをいじめなくなったのは言うまでもない。

 

 

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