人生とは、航海のようなものだ!

誰か、偉大な人が言ってそう。
朝、電車に揺られていると、ふとこの言葉が浮かんだ。

穏やかな海。
水面はピカピカと光っていて、船にいることを忘れるくらい。

そんな時間はあっというまに過ぎて、また波が高くなってくる。

しかし、どう乗り越えようかと、身体中の神経は研ぎ澄まされていく。

いつまで続くんだろう。

焦りと疲労。

気がつくと、波は穏やかになり、この前よりもさらに水面は輝きを増しているようにさえ感じる。

そんなことの繰り返し。

心と身体が少しずつ鍛えられていく。


私は船酔いがひどいから、陸で航海を楽しむけど。

おもしろそうだなぁとか、流行っているからとかで買ってみたものの、本棚でまだ開いていない本というのが


いつも数冊ある。


読み始めると難しくて、挫折したり…


東野圭吾さんとかミステリー系の小説は寝る間も惜しんで読み切ってしまうのだけど。




そういった、ちょっと読み始めるのに時間のかかる本は、私はいつも海外旅行に持っていく。



ちょっとナルシストっぽいって??



私はたいてい一人旅。


英語はなんとか理解はできるし、旅には困らないけど、コミュニケーションをとるほどは話せない。



だんだんと日を追うごとに孤独になっていく。


話し相手がいない…


日本語を渇望するようになるのだ。



そんなとき、日本では目にもくれなかった本が、輝いて見える。



去年末に2週間、イタリア旅行に行った。一人で。


しばらくすると、いつもの症状が。


私が持っていった本は、昭和30年代にイタリアに行った、とても賢い教授のイタリア紀行だった。


カバーがとてもかわいくて、古本屋さんで買ったのだけど、一度も読むことはなかった。



だけど、楽しかった。


まるで、その教授と旅をしているような気分にさえなるのだ。


あぁ、このあたりは全く変わってないとか、いろんなことを思いながら、読み進めることができる。


携帯もテレビもない場所。


私にとっての娯楽は、本のみという環境。


日本にいるとなかなか作れないのだが(誘惑に勝てず…)


まぁ、こんな読書方法はあまりにも贅沢なんだけど。


でも、いつもなら読めないような難しい本と格闘できてる時は、とても幸せな気持ちになる。



たまにでいいから、こんな時間を作りたいなぁ。






日本人美学として、


「言わなくてもわかるだろう」



というものがある。



しかし、


「言わなきゃわからないこともある」


「言って欲しいこともある」


と私は思う。



私は家族に「ありがとうおばさん」と呼ばれてる。


それは、誰かが誰かにした行為に対して、何も言わないと、サッカーの審判のように


登場するのだ。


「ピー!!ありがとうは?」


昔父がとてつもなく厳しかったこともあり、いまだに姉と妹は、父に「ありがとう」を言うのが苦手だ。


私は言った方がいいことを言うのが得意なので、言えるようになっていた。


父自身も言えない人だった。


「おはよう」「ありがとう」「ただいま」


ほとんど聞いたことがなかった。



私が厳しい取り締まりを続けて、もうだいぶたつ。


今では父はよく


「ありがとう」


と言うようになった。



もちろん感謝は押しつけるものではない。


しかし、言われた方は自然と笑顔になっている。


言った父は、こういう笑顔をしてもらえるんだと気付いたようだ。



ぎこちないけど、「ありがとう」


を言っている家族のやりとりをみていると、心がほっこりする。



取り締まりの仕事もそろそろ終わりそうだ。